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丸山奈緒子

ストレスをマネジメントしよう!

[丸山奈緒子] ヒューマンスキル系講師

ストレスとうまくつきあっていくためのヒントを、心理学の視点から幅広くお届けします。
PMの世界と、ストレスマネジメントの世界の意外な共通点も満載です!

年が明けるとすぐに、花粉症がそろそろ気になる方は多いですよね。ところでこの花粉症は、本来は外敵から身を守るはずの身体の仕組みが、過剰に働いてしまった「アレルギー反応」の結果であることをご存知の方も少なくないはず。実は、ストレスによるいろいろな体への症状も、このアレルギー反応と似た仕組みなのです。

「ストレス」と一般に言いますが、ストレスはその原因となる「ストレッサー」とそのリアクションである「ストレス反応」にわけられます。

このストレス反応は、実は身体が持っている「生体防御システム」でもあります。

たとえば皆さんはプレゼンや手ごわいお客様との打ち合わせなど、緊張が高まる場面では体にどんな変化が起きますか?

例えば…

  • ドキドキ、ハアハアする
  • 手が冷たくなる
  • 手の平にベタベタした汗をかく
  • 口の中が渇く

このような体の変化を経験されたことがあるのではないでしょうか。

これが私たちの体が起こす「ストレス反応」です。

ではなぜこれが「生体防御システム」なのか?!
それは、人間を原始の時代に移せば理解できることなのです。

私たちがまだ捕食される立場だったころ、肉食動物との遭遇が一番の緊急事態でした。不安と恐怖にかられる出来事=ストレッサーとの直面です。

さあ、そんな緊急事態に私たちはどうしますか?
「闘う」か「逃げる」かしますよね。

そんなとき、体に以下のような変化を起こすことが必須だったわけです。

  • ドキドキ、ハアハアする(心拍数・呼吸数の増加)
     →血液(酸素)を多く循環させすばやく行動するため
  • 手が冷たくなる(手足の皮膚の毛細血管の収縮)
     →敵と闘ったとき、一番ケガしやすい手足からの出血を最小限に防ぐため
  • 手の平にベタベタした汗をかく
     →木の枝を伝って逃げるときに滑らないようにするため
  • 口の中が渇く(唾液と粘液量の制限)
     →肺への気道を広げ、またこの場面で重要でない「消化」のエネルギーを後回しにする

いかがですか。

ストレス反応は私たちが外敵から身を守るため、とてもうまくできているシステムであることがわかりますね。

ただし、現代人の私たちにとっては、このシステムがうまく機能しているかというとそうではありません。むしろ「体に負荷をかける」マイナスの反応にさえなっているわけです。

現代の働く人にとって、不安や緊張が高まる出来事は例えば「仕事の納期」だったり、「人間関係でのトラブル」など、緊急の出来事というよりは、長く緩慢に続く出来事であることが多いですね。

そのような緊張状態(ストレス反応)が長く続くことで、心臓疾患や胃潰瘍といった病気を引き起こす一端ともなりえます。

ストレス反応は、アレルギー反応と同じ、本来は生体防御システムでしたが、現代人のストレッサーには適さず、かえって私たちの体を損なってゆく「もろ刃の剣」であるのです。

さあ、このようなわけで、日々多くのストレッサーを引き受けているプロマネのみなさんは、緊張状態に傾きがちで、知らずのうちに心身にダメージを蓄積しているかもしれません。元気に活躍しつづけるためには、ストレスマネジメントのスキルが重要になってきます。

そのスキルご紹介は、また次回のお楽しみに!


一般に「ストレス」はよく使う言葉ですが、その仕組みはあまりよくご存じないかもしれません。

実はストレスの考え方も、PMBOKを学習された皆様にはおなじみ、「インプット・プロセス・アウトプット」で考えることができるのです。

もともとストレスとは物理学や工学の世界で使われていた言葉でした。
物体に歪みを加える力を「ストレッサー」と呼び、加えられた力に抵抗して元に戻ろうとする力を「ストレス」と呼びました。

つまり、「ストレッサー=インプット」で、「ストレス=アウトプット」なのですね。

この考え方が動物や人間にも当てはめて考えられるようになりました。

1930年代にハンス・セリエという生理学者が、電撃・寒冷・拘束など様々なストレッサーをマウスに加えると、どんなストレッサーに対しても、胃潰瘍ができるといった、同じ体の反応を示すことを明らかにしました。

つまり生き物にとっては胃潰瘍が「ストレス反応(=アウトプット)」ということです。ほかにも「ストレス反応」は、イライラや不安などの心の動きや、血圧が上がるなどの身体反応があり、その状態が長く続けば、様々な心身の病気へとつながっていくわけです。

さて、次は「ストレッサー」について。プロマネの皆様にとってはリスクの「インパクト」を明らかにする考え方にもおなじみと思いますが、実はストレッサーに関しても「インパクト」を洗い出そうじゃないか、という動きがありました。

1960年代後半、ホームズという社会学者とレイという内科医が、人生上の重大な出来事(=ライフイベント)のストレス値を設定したのです(社会的再適応評定尺度)。

たとえば以下のような内容です。

  • 配偶者の死 100
  • 会社の倒産  74
  • 離婚     72
  • 単身赴任   60
  • 人事異動   58

…etc.

そして“1年間に経験した出来事のストレス値の合計が一定の値を超えた人は重大な病気にかかりやすくなる”というように見るわけです。ここではインプットの大きさが決まれば、おのずとアウトプットの大きさも決まるだろうという考え方に基づいているわけですね。

しかし、この考え方には少々無理があることがすぐわかります。
たとえば、同じ「単身赴任」という出来事にしても、「家族と離れるなんて嫌だなぁ・・・」と思うAさんと、「やった! 自由な時間が持てる!」と思うBさんがいることは想像に難くありません。

しかも、「料理も洗濯もなんにもできない・・・」というAさんと、「料理も洗濯も得意です!」というBさんではかなり意味合いが異なりますね。

これがストレッサーに対する「認知」の違い、そしてストレッサーに対する「対処能力(コーピングスキル)」の違いです。

さらには、「赴任先には知り合いが誰一人おらず」「1人暮らしの経験なし」というAさんと、「赴任先には友人がいる」し、「1人暮らしも経験あり」のBさんでは、人間関係や過去の経験といった「対処資源(リソース)」にも違いがあります。

結果として、単身赴任の間、Aさんは体調を崩しやすく気分も落ち込み、Bさんは元気でいきいきと過ごすかもしれません。

つまり、同じ出来事がインプットされても、そのアウトプットは個人の持つ「認知」や「対処能力」、「対処資源」によって変わるのです。これがいわゆる個人の中で起きている「プロセス」過程です。

つまりストレスの仕組みとして、対象がモノから人間へと広がる中で、ストレッサーがストレス反応を直接的に引き起こすという一方向モデルから、ストレスを「環境と個人の関係性」とみなす双方向的なモデルに変わってきたのです。

さあ、これでストレスマネジメントのポイントが見えてきましたね。そう、個人の「認知の仕方」や「対処能力」、「対処資源」を高めていくことです。

具体的にはどんなことをしたらよいのか?

それはまた、次回以降のお楽しみに!


突然ですが皆さんの、お料理のレパートリーは多いほうですか?

たとえば同じ豆腐という食材を前にして、「…豆腐は冷奴だ。冷奴あるのみ」という方と麻婆豆腐に揚げ出し豆腐にゴーヤチャンプルに入れてもいいかも、という方では食生活に大きな差が出てきそうですね。

実はストレス対処にもレパートリーがあり、このレパートリーの差が私たちの毎日の生活の健康度に影響を及ぼしているのです。

みなさんは仕事やプライベートで何か嫌なことがあったり、厄介な事態に直面したとき、どんな行動をとりますか?

  • 「問題の原因を分析して対策を考えます」…ごもっとも。
  • 「お酒を飲んでさっさと寝る」…なるほど。
  • 「何もしませんよ。ひたすら耐えるのみ」…こういう人もいますね。

これらの行動はすべて「ストレス対処(=ストレスコーピング)」と表現することができます。ストレスコーピングは、意識的あるいは無意識に行っている、遭遇したストレッサーの負担を軽くするための努力をさします。この対処の違いがストレス反応の出方を決める(一端である)、ということは前回お伝えした通りです。

ということは、「この対処法が優れていて、この対処法はよくない」という優劣があるということでしょうか。

その答えの前に。

ストレスコーピングは大きく分けて2種類の方向性があります。
一つは「問題焦点コーピング」、もう一つは「情動焦点コーピング」です。

「問題焦点コーピング」は問題そのものを解消することでストレスを減少させようとすることです。たとえば、仕事上でトラブルが起きたのであれば、それを解決するまで休まず働き続ける、自分では解決できないことがあるなら得意な人に聞く、誰かの仕事の進め方が問題であるならその人に注意をする…などなど。

一方、「情動焦点型コーピング」はストレスフルな状況で生じる不快な感情を鎮めようとすることです。たとえば、同僚や家族など周囲の人に辛い気持ちを聞いてもらったり、趣味や好きなことに没頭して気分転換してみたり、「しかたがないか」と受け入れてみたり、「これは成長の糧なんだ」と捉え直してみたり…などなど。
いわゆる気持ちをなだめる、落ち着ける、気分を変える、といった方向の試みです。

さて、このように聞くと、なにやら「問題焦点コーピング」のほうが優れているような気がする人もいるかもしれません。だって、根本原因を無くそうという試みなんですから。

その場しのぎの「情動焦点コーピング」なんてしている暇があればまずは問題対処すべき、と考えるのは一理あるような気がしますね。

ところが一概にそうはいえないのです。

たとえば私たちにとって身近な人との死別は大きなストレスですが、ではここで問題を解消しようとしたら?

「死んだ人に生き返ってもらう」…これは無理な話ですね。

ここでは「いかにこの悲しみから立ち直っていくか」という情動焦点コーピングの出番になるわけです。

あるいは普段の仕事で直面するストレス状況でも然り。
段階的詳細化という言葉がある通り、特にプロジェクトを立ち上げたばかりの頃は、自分の役割も進め方のルールもわからない、曖昧な状況の場合もありますね。

そのようなときに、「早く自分の仕事を明確にしてください!」とプロマネに詰め寄ったところで(問題解決を試みたところで)、事態が変わることはあまりないでしょう。むしろ、「少々気が焦るけど仕方がない、少し待てば体制も整うだろう」と考えられる人のほうが適応的ですね。(プロマネとしてもありがたい!)

問題状況を早く解消させたいという「問題焦点コーピング」にこだわる人は、むしろストレスをため込みやすくなるわけです。

つまりは、変えられる状況であれば当然「問題焦点コーピング」を行うことは大事なのですが、変えられない、変えられそうもない状況であれば「情動焦点コーピング」を行うほうがよい場合も多いのです。

「状況に応じて最適なコーピングを選べる」、これがストレスコーピングの理想です。
「いつでも解決に向けて突き進む!」ばかりではうまくいかないことも多々あります。「ストレスを感じたらお酒を飲む!」ばかりでは体にもよくありません。
一つのコーピングで全て乗り切ろうとせず、「こんなときは人に話そう」「今回はパーッと気分転換」と、自分の中にコーピングのレパートリーを増やしておくことが大切なのです。

…だけど自分が普段どんなコーピングに偏っているのかよくわからないな、という方。

そんな方はぜひ、実際にストレスマネジメント講座へお越しください(笑)


震災からそろそろ2週間になろうとしています。
この2週間、被災地の惨状を聞くするたびに心が重くなる毎日でした。

現在のような非常事態は、日常生活の安定が崩れた状態であり、いわば日本人全体にストレスがかかっている状態といえるでしょう。

このようなとき、いったいどのように振る舞うべきかということが被災地以外の私たちにも突き付けられてきます。

買いだめする人々であふれるスーパーで残り1袋のお米を見たときに、どんな考えが私たちの頭によぎるでしょうか。

  1. 「お米を切らしている人がいるかもしれないから買うのは控えよう」
  2. 「物流が正常化するのはあと5日ぐらいだろうから、買い置きのお米でやりくりできそうかな」
  3. 「買い置きがないと不安だしみんなもいっぱい買ってるし…買っちゃおう」

あるいは計画停電により、電車が動かないという事態に直面した際、どんなことを考えたでしょうか。

  1. 「被災地の人も困っているんだからこれぐらいの不便は我慢しないとな」
  2. 「この駅だったら歩いたほうが早いかな、それとバスから乗り継げないか調べてみよう」
  3. 「イヤだなぁもう疲れてるから早く帰りたいのに…なんとかしてよ!」

…いかがですか?

どちらも1と考えた人もいれば、どちらかは2でどちらかは3という人もいるでしょう。ここに挙げた3つの考えは、実は誰にとっても多かれ少なかれ湧き上がってくる考えのはずです。どれも私たちが持っている心の一部なのですね。

この3つは、「3つの私(=自我状態)」と呼ばれるもので、「交流分析」という心理学のある理論における、心の捉え方です。

交流分析は、この「3つの私」を出発点に、自分の生き方や、コミュニケーションのあり方にヒントを与えてくれる奥深い理論体系です。

しかし今回特にフォーカスしてお伝えしたいのは、現在のようなストレスフルな局面での振る舞いを考える上で、ぜひこの「3つの私」を意識してほしいということなのです。

1は「親の自我状態」と呼ばれ、Parentを略して「P」と表現されます。
このPの心は良心や理想と関連しており、他人を思いやったり、善悪の価値判断を加えたり、道徳的な振る舞いをする部分です。

2は「大人の自我状態」と呼ばれ、Adultを略して「A」と表現されます。
現実を客観的に評価し、自律的に働くコンピュータのような働きをします。私たちの知性・理性と関連しており、合理性的な振る舞いをする部分です。

3は「子どもの自我状態」と呼ばれ、Childを略して「C」と呼ばれます。
これは子ども時代と同じような感じ方、考え方、振る舞いをする部分です。泣く笑うなどの感情や、本能や衝動、欲望に直結した振る舞いをする心です。

これら3つの私が、さまざまな場面で出たり引っ込んだりしながら私たちは日々を生きているわけですが、それらの3つの使い分けがうまくいっているときは場面に応じた適切な振る舞いがとれているわけです。

しかし、現在のような恐怖を刺激するような局面、ストレスがかかる局面では、普段はこの使い分けをきちんとできている人でも、衝動や本能につながる「子どもの心=C」が刺激されやすく、結果的に周囲を考えない行動に出てしまうことがあるのですね。

思わず買いだめをしてしまった人が後からその行動のもたらす意味を理解し、買いすぎた品物を被災地に送りたいと考えている人も多いとニュースで知りました。

パニックに陥りそうな場面では、ぜひ一度立ち止まって、PやAの心から事態を考え直し、行動を選択するようにしたいものだと自戒を込めて思います。

交流分析のさらなるご紹介はまた次回にいたしましょう。


今年も桜は美しく、ほっと心慰められるひとときが過ぎました。

さて、新年度がスタートし、新しいメンバーを迎えたり、新しい部署でスタートを切られた方も多いことでしょう。

新しい人間関係の始まりでは誰もが不安を感じるものです。

特に上司などのキーパーソンに関しては、
「この人の地雷はどこにあるのか」「どんな行動が好き/嫌いなのか」
…と少なからずエネルギーを割いて理解しようとしますね。

そんなあなたの陰ながらの努力をサポートしてくれるのが、前回ご紹介した「交流分析」です。

前回は、交流分析における「3つの私(=自我状態)」をご紹介しました。

  1. 良心や理想と関連している「親の自我状態=P(Parent)」
  2. 知性や理性と関連している「大人の自我状態=A(Adult)」
  3. 本能や衝動と関連している「子どもの自我状態=C(Child)」

この3つの私の使い分けをきちんとできることが、場面に応じた適切な振る舞いをする上で大事ですよ、という話でした。

さて、この3つの私のうち、実はPとCはさらに2つに分かれるのです。

Pの2つの側面
  1. 道徳や善悪を守ろうとする心「CP(Critical Parent)」
  2. 寛容さや他者への配慮の心「NP(Nurturing Parent)」
Cの2つの側面
  1. 持って生まれた自由な心「FC(Free Child)」
  2. 周囲の期待に沿おうとする心「AC(Adapted Child)」

CPはいわば厳格な父親、NPは優しいお母さん、FCはやんちゃ坊主、ACは親の顔色を伺うイイコちゃん、といったところです。

このCP、NP、FC、ACにAを加えた5つの心が、私たちの心の中には組み込まれているのです。

たとえば、あなたがやや頼りない新入社員の教育を任されたとします。
すると、それぞれの心からこんな発言が聞こえることでしょう。

CP「今どきの若いやつはちっとも自分で考えようとしなくてけしからん!」
NP「この子もこれまでと違う環境でとまどっているのよねぇ」
A 「よし、こいつを3ヶ月で一人前にする育成計画を立てよう」
FC「わー、今どきの子ってこんな感じなんだ、びっくり!!」
AC「この人をちゃんと育てないと私が怒られちゃうのよね…」

この5つの心は、誰もがすべて持っていることに変わりはありません。
ただし、5つの心が持っているエネルギー量が異なるため、結果として表に出る言動はどれかを代表した形をとってくるのです。

当然、この5つの心のうち、どの心が主導権を握るかは、相対する人の違いや、職場か家庭かなどの場面の違いで異なります。

ただ、その人のベースとしてのエネルギー配分のクセはあり、それをその人のパーソナリティとしてざっくりと理解することはできます。

ですから、その人を素早く理解したければ、その人の言動をCP/NP/A/FC/ACの特徴と照らし合わせ、どんなエネルギー配分の人なのかを想定してみましょう。

相手の出方をおおよそ予測できる、というのはあなたのストレスを減らすことにつながります。

あるいはあなたと異なるエネルギー配分の持ち主を、それを一つの個性としてとらえやすくなります。

それこそ頼りないと見えた新入社員は、人の話を素直に聞くことのできるACの高い人なのだというように!


これまでもストレスマネジメントの世界と、プロジェクトマネジメントの世界の共通点をお伝えしてきましたこのコーナー。

先日ストレスの文献を読み返していたところ、新たな共通点に気づいてしまいました。
それは「コーピングの“コスト”」という考え方です。

ここで少し復習ですが、「ストレスフルな出来事に直面した際にその負担を減らすための努力」をコーピングと言いました。
そして、コーピングには大きく2つの方向性があり、問題そのものを無くそうとする試みを「問題焦点型コーピング」といい、その出来事による不快な感情を鎮めようとする試みを「情動焦点コーピング」と言いました。

たとえば職場の対人関係でトラブルがあったとき、その人ととことん話し合うといった行動が「問題焦点コーピング」、周りの同僚に話を聴いてもらいスッキリする、といった行動が「情動焦点コーピング」です。そして、ストレスの研究においては、当初この「問題焦点コーピング」を行うことが、ストレスの低減に有効であると考えられてきました。

しかし、「問題焦点コーピング」によってストレス状況の改善に成功し、その状況がもたらす直接的な悪影響が少なくなったと思われる場合でも、その対処努力に伴う“コスト(コーピングのコスト)”が、個人の健康へ悪影響をもたらすという考えを、コーエンという学者が提唱したのです。

たとえば、仕事が溜まってストレスフルな状況が生まれているとしましょう。

そこで休日返上で仕事をすること(問題焦点コーピング)は、短期的にはそのストレス状況を解消するかもしれませんが、疲労が蓄積して、集中力低下や体調不良を招く可能性があります。さらに無理を重ねたせいで風邪でもひいて休むことになれば、休日返上で仕事をした結果が、さらなるストレスフルな状況を招くかもしれません。

コーエンらの主張は、コーピングを選択する際に、それぞれの方略の「利得」と「コスト」を考慮する必要があることを指摘したわけです。

この考え方、プロジェクトマネジメントの世界における、リスクマネジメントの「二次リスク」の考え方と大変似たものがあると思いませんか?

「二次リスク」とは「リスクの対応をすることで新たに発生するリスク」のことを指しました。

たとえば「納期遅れ」というリスクを回避するために、新しい技術を使わないことを選択した場合、「他社が新技術を使えば自社の技術的競争力が低下する」という新たなリスクを発生させている、と考えるわけですね。

ストレスマネジメントの世界における「コーピングの“コスト”」にしても、プロジェクトマネジメントの世界における「二次リスク」にしても、その選択が適切かどうかという判断をする上では、短期的結果と長期的結果の両方に目を向けようということを教えてくれています。

結論を言われてみれば当然という印象かもしれませんが、異なる2つの世界で同じ視点が提唱されているという点が興味深く、改めて私たちの選択基準に取り入れてみる価値はあるかもしれませんね。


今年は震災の影響で新学期のスタートが遅れ、学生さんは今ごろ「五月病」がきているようです。
新入生や新入社員でなくとも、GWから時間も経ち、夏休みはまだ遠く、そろそろ疲れが溜まっている頃かも。

そんなのは甘えたやつだけだ!と思う人もいるかもしれませんが、個人の気合いかんでなく(つまり個人差を超えて)、多くの人が体調を崩しやすい職場があることも事実です。

でも同じように忙しい職場なのに、みんな比較的元気に働いている職場もあれば、そうでない職場もあります。忙しさは大きな問題ではないのでしょうか?いったいどんな要因が、職場のストレス度を大きく左右するのでしょう?

このような職場の健康を脅かす「リスクファクター」を見つける研究は「職業性ストレス」として研究が行われてきました。多くの労働者、職種、職階に共通するストレスフルな要因を抽出できれば、効率よく職場改善を進めることができます。

その研究の中で最近注目を集めているのが、ドイツの社会学者Siegristが提唱した「努力−報酬不均衡モデル」というものです。

Siegristは、仕事の役割は社会生活を送る上での重要な「報酬源」であり、個人の願望を満たすための基本的な手段だと位置づけました。

労働者は報酬と引き換えに各人の労働力を提供するのですが、費やされた「努力」と得られた「報酬」のアンバランスが、心身に悪影響を及ぼすと考えたのです。つまり「頑張っているのに報われない」のが問題だ、としたわけですね。

もちろん、職場のストレスには他にも人間関係など様々な要因がありますが、なかでもこれがポイントだ!と提唱したわけです。

ここでの「報酬」とは何を指すのでしょうか?Siegristは3つの報酬を挙げています。

1つは「経済的な報酬」、これはつまり金銭です。報酬という言葉から一番想像がつきやすいものですね。

2つ目は「心理的な報酬」、これはスキルを活かすことができるなど、従事する仕事そのものから得られる満足感ややりがい、あるいは周囲から評価されたりすることから得られる自尊心などです。

3つ目は「キャリア」、これは仕事を失う心配はなく安定しているか、昇進の見込みがあるか、ということを指します。

つまり、毎日残業をしたり重い責任を果たしたり、といった高い「努力」を求められる環境でありながら、それに見合うだけのお給料、やりがいや自尊心、昇進の見込みといった「報酬」が得られない状況に置かれると、人は健康を崩しやすくなるということです。

実際、多くの調査がこのモデルに従って行われており、たとえばドイツで男性416人について6.5年間の追跡調査を行った結果、「低報酬」であった人はそうでない人に比べて急性心筋梗塞や突然死の割合が4.4倍になった、というような報告もあります。

さて、ここで私たちが注目すべきは「報酬」の中身ですね。
決して「経済的報酬」ばかりが「報酬」ではないのです。

「キャリア」の保証というのも管理職やリーダーにはできない相談ですが、「心理的報酬」を増やしてあげるということならできそうです。

いい仕事をしたらそれを認めてあげること、褒めてあげること。
頑張っている人にはそれをねぎらってあげること。
なにはなくとも、このチームで働いてくれてありがとうと態度で示すこと。

そんなことが十分、私たちの職場の健康度を上げることにつながり、メンタルの問題や体の調子を崩す人を少なくすることができるのです。

さて、まずは隣の人に一言、「頑張ってるね!」の言葉をかけてみませんか?


もうすぐ夏休みというこの季節、夏の予定に心を躍らせていらっしゃるのではないでしょうか。

ところで、たまの旅行やレジャーはなぜ楽しいのでしょうか?
初めての場所や初めての体験だったらなおさらですね。

それは、「今ここ」の経験に、私たちが集中するからです。
そのときにその場所で起きることをくまなくキャッチしようと私たちはあらん限りの力で集中するからなのです。

仕事でも、目の前のことにグーッと集中できたときは、思いもよらず充実した感覚を得られますよね。いつもは遅々として進まない時計が、今日は気づけば5時だわ、という体験をされたりするでしょう。

逆に、ストレスがかかると私たちは目の前のことに集中しにくくなります。

例えば納期直前でまだまだやることがたくさん残っているというような状況では、あなたはどのようになりますか?あちらに手をつけてはやっぱりこちらに手をつけて…と、一つのことに集中できなくなったりしませんか?

または通勤電車の中で「昨日の○○さんへの連絡、ミスったかなぁ」とか「今日は明日のプレゼンの用意をしなきゃ…ああ心配」などと、いま目の前で起きていないことに頭が占められていますね。そういうときに限って急いでいるのに電車を乗り間違えたりという失敗も起こしてしまいます。

このように「過去」の失敗を悔やんだり、「未来」のことを憂いたり…と「今ここ」に目が向いていない時間、つまり「心ここにあらず」の状態は、現在がおろそかになり、充実感や満足感とほど遠いものになるわけです。

ほかにも下記のような点に、思い当たることはありませんか?

  • 食事はあっという間に済ませてしまう(味わうことなく食べ終える)
  • ボーッとしていてモノをこぼしたり、モノにぶつかったりしてしまう
  • 自分がやっていることをほとんど意識しないままに、習慣化してやっている
  • 何を食べているのか意識することなく間食をすることがある

これらは全て、「今ここ」の体験に注意を払っていないためです。これらの「心ここにあらず」状態を「自動操縦状態」と呼んでいますが、物事のスピードが速く、やるべきことに追われまくっている現代の私たちはこういった状態に陥ることが習い性になっています。

そこでぜひ、1日のうちに5分でも、目の前のことに集中して味わいきる時間を作ってみましょう。一番お勧めなのは、食事の時間です。

最初の一口目、白いご飯をじっくり噛んで味わってみてください。お米の甘みや歯ごたえ、自分の唾液が出る感覚、舌の動き…そこに詰まっている感覚を全てキャッチしてみてください。

このような体験を、「マインドフルネス瞑想法」として、ストレスマネジメント講座ではレーズンを使って実施しています。

そして夏の休暇はぜひお仕事のことは頭からすっぱり切り離して、そのときそのときの体験を充分味わってきてくださいね!


さて今回は、アサーション(アサーティブ)についてお話したいと思います。

アサーションは「さわやかな自己表現」などと表現される、自分も他人も大事にしようというスタンスに基づくコミュニケーションのあり方です。

アサーティブな振る舞いを身につけることは、ストレスの問題を減らすことから、対人関係を良くすることまで、非常に効用の広い、現代人必須のスキルといえます。

たとえばこんなシーン。すでに手一杯の仕事を抱えているあなたは、上司から「悪いけどこれを明後日までに仕上げてくれないか」と急ぎの仕事を頼まれました。
本来なら1週間はかかる仕事で、しかも前々から準備しようと思えばできたはずです。
あなたはこんなとき、何と言うでしょうか?

  1. 「…わかりました」(もうめいっぱいなのに…でも断るなんてできないし…)
  2. 「いや無理ですよ。だいたい、今ごろになって言い出すなんて遅すぎますよ」

1は見るからにストレスが溜まりそうな反応ですね。
自分の思いがあっても、他人からどう思われるかを最優先して飲みこんでしまう。
このケースでは、上司は「引き受けてくれた!」と思うので、また次回も同じようにギリギリになって頼んでくるかもしれません。

このように自分の言いたいことを言わずに我慢を重ね、無理を重ねていると、いずれ身体が悲鳴を上げるか、あるとき大爆発して「キレて」しまうかになりがちです。

2は言いたいように言っているのでスカッとするかもしれません。
しかしその後の人間関係にヒビが入るであろうことは一目瞭然。
本人にストレスは溜まりませんが、周りの人がストレスを引き受けています。
このケースでも、上司は見下されたという気落ちで腹の中が煮え立っているでしょう。

上司は上司で「君だってあのとき〜〜じゃないか!」などやり返すかもしれません。人との対立を生みやすく、周囲の人はだんだん距離をとるようになります。

1は受け身的(パッシブ)なコミュニケーション、2は攻撃的(アグレッシブ)なコミュニケーションと呼び表しています。

受け身的なコミュニケーションでは、自分のことは後回し、他人を優先。
攻撃的なコミュニケーションでは、自分が正しくて、他人は間違っている。
どちらかが上でどちらかが下という関係性なのです。

ではアサーティブであるとは?
たとえば以下のような返答です。

  1. 「お引き受けしたいのはやまやまですが、私も今他の仕事でいっぱいです。全部はお引き受けできませんが、少しならお手伝いできますので、一部切り出してもらえませんか」

あるいは以下のような返答もあるかもしれません。

  1. 「分かりました、お引き受けします。ですが今日明日とかなり残業して仕上げることになりますので、私も正直大変です。次回からは1週間前には依頼いただけると助かります。」

…いかがでしょうか。

3と4で選んだアクションは異なりますが、どちらもはっきりと自分の考えを表明しています。自分の意志も伝えつつ、相手の立場や気持ちも思いやる。対等な関係性を目指すのがアサーティブです。

現場では、無理な依頼を引き受けてしまう「パッシブ」であることがほとんどと思われます。これまでもう何度も「無理なお願い」を飲み続けてきた人も多いでしょう。

ただし、パッシブでいることの代償は、しばしば身体に現れます。例えばうつ病になられた方の多くは、頼まれた仕事を断れずに無理を重ねてしまったといいます。

アサーティブであることの出発点は、自分が大事にしたいものを大事にしようとすることです。
ご自身の健康や自分の時間、家族との時間を大事にしたいと考えたなら、「アサーティブに振る舞う」という選択を、ぜひ視野に入れてみてください。


さて前回は、アサーティブに振る舞うことの意味を考えてみました。

今回は、アサーティブに伝えるための3つのポイントをお伝えしたいと思います。

たとえば職場でよくある小さな困ったシーン。

定時も過ぎた午後6時。隣の課の鈴木さんがふらふらと近づいてきて、声をかけてきました。鈴木さんは愉快な人ですが、相手の都合をあまり考えないのが玉にきず。今回も、あなたは明日のお客様との打ち合わせ資料作成に追われているところで、雑談がスタート…

「〇〇さん、こないだ紹介した映画ね、見てみた? 良かったでしょ?」

さあ、あなたはどう返答しますか?

まずはノンアサーティブな返答からチェックしましょう。

A: 「も〜、今忙しいのがわかりませんか! あとにしてください!」とバシッ!

B: 「いや〜はぁ〜そうですね〜」と生返事をしながら目線はゼッタイPCから離さず。「気づいてくれオーラ」で悟らせる。

C: 「あっ、ちょっといま急いでるんで…」と語尾を濁し、相手の「あ、そうなんだ、ごめんごめん」という返答を待つ。

いずれもよくやりがちな対応ですね。

Aパターンは、鈴木さんは即座に黙ってくれるでしょうが、「なんだよそんな言い方しなくたっていいだろうが!」とあなたに対してムカッ腹を立てることになります。

Bパターンは、鈴木さんは気づかずに話し続けるか、生返事にいささか気分を害しながら「あっ今忙しいのか、だったらそう言ってくれればいいのに」と思うでしょう。

Cパターンはまったくだめではありませんが、少々言葉足らずですね。鈴木さんは雑談を止めてはくれるでしょうが、あなたがなぜ急いでいるのかわからず、次はいつ声をかけていいものかわかりません。こういったやりとりが何回か続けば、「自分が話しかけるの嫌なのかな…」と思って、あなたに話しかけること自体、止めてしまうかもしれません。
自分にそんなつもりがなくてもシャットアウトしてしまっているとしたら、もったいないですね。

ではどんなふうに伝えることが、相手にとって不快感を与えず、しかも自分の意思を的確に伝えることができるのでしょうか。

アサ―ティブな会話では、以下の3点で話を構成することがポイントです。

  1. 事実
  2. 気持ち(感情)
  3. 提案・要求

これをもとに会話を組み立てると、たとえば以下のようになります。

「すみません鈴木さん、実は今、明日のお客さんとの打ち合わせ資料を作ってて(事実)、かなり焦っているところなんです(気持ち)。またあとで自分から声をかけさせてもらっていいですか?(提案・要求)」

いかがですか? 相手は嫌な気持ちになることなく、しかもあなたの要求はきちんと伝わっています。

何が起きているのか「事実」を述べ、それに対するあなたの「気持ち」を話し、どうしたいのかを「提案」する。
これがアサーティブな会話の骨格です。

もちろん「これさえ守れば必ずアサーティブな会話だ!」といかないのが難しいところですが、どんなに難しいテーマでも基本はこの3点です。

さあ、職場で、ご家庭で、この3本柱を意識して会話をスタートさせてみてください!


秋の空気が気持ちよい日和になりましたね。暑さ寒さのストレッサーを感じずに済む、貴重なひとときです。

さて、ストレスマネジメント講座の中でも「やっぱりこのセッションはいいなぁ!」と講師としても自画自賛、百発百中で受講生の皆様にご満足いただけるセッションがあります。

それは講座の最後に行う、「褒める」セッション、その名も「ストロークシャワー」です。

2日間たっぷり対話を重ねた受講生が3人組となり、1人にスポットライトを当てて、その人の素敵だと思うところ、魅力的だと思うところ、素晴らしいと思うところを、シャワーのように他の2人から口々に伝えてもらうというシンプルなセッションです。

「こんなに褒められたことがない」「恥ずかしい」と照れながらも、みるみる表情が変わっていき、セッションが終わったあとは、実に満ち足りた晴れがましい顔つきになっています。

この皆さんの表情の変化を見るにつけ、ストロークの力を再認識させられます。

ストロークとは以前このコーナーでも触れた「交流分析」の用語で、「相手の存在や価値を認めるさまざまな働きかけ」を指します。

私たちが自分の存在や価値を認められた!と強く思える経験はどんなときでしょうか。

たとえば恋のお相手から熱い視線で見つめられているとき、人はひしひしと自分の存在価値を確認できるかもしれませんね(遠い過去の話という方も多いでしょうが…)。

あるいは仕事で苦労の末、成功を収めたとき、周囲の人々から口々に「○○さんのおかげでうまくいきました!」と言われたときなどでしょうか。

お子さんがいる方は、「パパ!」「ママ!」と子どもがまっしぐらに自分に飛びついてきたときなど、しみじみと自分の存在価値を確認することもあるかもしれません。

私たちはこのように、言語的、非言語的、身体的な形で、自分の存在や価値が認められたとき、心理的に満たされます。身体が水や食べ物を必要とするように、心は常に他者からのストロークを欲しているわけです。
ストロークは“心の栄養源”なんですね。

たとえば朝、挨拶を交わすという行為も、その背後には「ストロークの交換」という意味があります。「おはようございます」という言葉には、情報としては何一つ目新しいものはありませんが、挨拶を交わすことで、「今日も来ているね」と相手の存在を認めているわけです。

他にも、自分の話に耳を傾けてもらうこと、笑顔を向けられること、などなど、日々の小さなやり取りを通じて、私たちは日々、他者からのストロークを得ています。

その中でももっとも威力のあるストロークが「褒め言葉を受け取る」ことです。
他者から向けられた自己を肯定する言葉は、自分を信頼する上で、とても大きな影響力を持ちます。

私たちの心の中には「ストロークの貯金箱」があると想像してください。この貯金箱が、8分目ぐらいまで満たされていることが、心の安定には重要です。

貯金がたくさん溜まっていれば、自分から率先して他の人に与えることもできます。
欲しくないマイナスのストローク(その人の存在価値を目減りさせるような働きかけ)を受け取ってしまったときも、貯金があれば、引き出されても底をつかずに済みます。

「若手メンバーにちょっと厳しく言ったら予想外に落ち込まれてしまって困った」という経験をお持ちの人もいらっしゃると思います。そのようなメンバーはおそらく、ストロークの貯金が足りていなかったのでしょう。
「今回は叱られちゃったけど、自分は根本的にはだめじゃない、また次頑張ろう」と、自分に対して信頼感を持てていれば、そうそう大きく落ち込むことはありません。

メンバーがストレスフルな状況で「自分は大丈夫だ」と思えるかどうかは、それまでにどれだけ他者から自分を肯定するストロークを受け取ってきたかに左右されます。
あなたにも、あるとき誰かから言ってもらった言葉に、あとあとまで支えられているという覚えはありませんか?

メンバーのストレス対処資源でもあるストローク。どうぞ出し惜しみせず、いいところを見つけたら、どんどん口に出して伝えてくださいね。


さて年末の足音も聞こえ出し、ますます忙しい毎日を送っていらっしゃることと思います。
忙しいとイライラも溜まってしまいがち。
今回は、そんなイライラの「もと」について、少し考えてみたいと思います。

以下の文章の空欄に、あなたはどんな言葉を入れますか?

  1. 私が職場でイライラしてしまうのは、__________________ なときである。
  2. 私はメンバーの __________________ をみると不快になる。

これはストレスマネジメント講座で扱っているエキササイズの一部です。

受講生Aさんはこのように書きました。

  1. 私が職場でイライラしてしまうのは「部下が何度も指摘したミスをまた繰り返す」ときである。
  2. 私はメンバーの「周りの急がしさにも関わらずのんびりと仕事をする様子」をみると不快になる。

うんうん、この気持ちはよくわかりますね。
イライラしたり、不快になるのも当然と思えます。

しかし、今回はこの「当然」と思っていたことに、あえて「なぜ?」と考えてみましょう。

なぜ、部下が同じようなミスを繰り返すとイライラするのでしょう?
なぜ、のんびりと仕事をされると不快になるのでしょう?

さあ、そこで以下の問いに再び答えていただきましょう。

  1. 私がイライラする理由は __________________ から。
  2. 私が不快になる理由は __________________ から。

Aさんは、悩んだ末、以下のように書きました。

  1. 私がイライラする理由は「部下が自分の指導を軽んじているんじゃないかと思う」から。
  2. 私が不快になる理由は「メンバーが仕事に真剣に取り組んでいないんじゃないのかと思う」から。

なるほど。

Aさんはこう思うことで、イライラしたり、不快になったりするわけですね。
これは口にしていないけど心の中では言っている、いわば「心のつぶやき」です。

この「心のつぶやき」は、私たちがある出来事や状況をどうみているかという、心理学では「認知」と呼ばれる過程に該当します。

私たちは「部下がミスを繰り返す」という出来事が「イライラ」という気分を直接引き起こすと考えがちですが、実はその間に必ず「心のつぶやき(=認知)」が一枚噛んでいます。

そして私たちはイライラなどの「気分」には気づきやすいのですが、その気分の出所である「心のつぶやき(=認知)」には気づきにくいものなのです。

ところで、Aさんの1と2には、何か共通するパターンがないでしょうか。

・・・そうですね、1でも2でも、Aさんは他人の行動の理由を否定的に推論していることがわかります。「心の先読み」をしているんですね。

もしかするとその部下は、Aさんの指導は受け入れていても、応用力が低いためにやむなく同じミスを繰り返しているのかもしれません。
メンバーがのんびりして見えるのも、忙しいときこそあえて慎重に仕事を進めているからかもしれません。

でもAさんは、「こう思っているからだろう」と他人の行動の意図を否定的に推論して、その結果イライラしてしまっているのですね。
これがAさんがもっている「考え方のクセ」といえます。

この考え方のクセには、ものごとはこうあるべきだと考え、それに反する自他の行動を責めてしまう「べき思考」や、悪いことは拡大解釈し、いいことは過小評価する「誇大解釈・過小評価」、よくないことが起きるとなんでも自分のせいにしてしまう「個人化」など、他にもいくつかのパターンがあります。

ある出来事や状況について、本来様々な解釈や判断ができるはずですが、いつもなんらかの偏った方向の解釈をしてしまう、これが私たちの持っている「考え方のクセ」です。

たとえばサングラスをずっとかけていたとき、外して初めて「あっ、本当の空はこんなに青かったんだな」と思うことがありますね。
自分があるフィルターを通して景色を見ていることを忘れてしまうのです。

「考え方のクセ」もそれと同じで、自分が何らかの認知のフィルターを通して見ていることになかなか気づきにくいものです。

イライラしたり、不快になったりすることがあったら、「なぜ自分はイライラするのだろう?」と、少し立ち止まって考えてみてください。
あなたが知らず知らずかけていた、サングラスの色が見えるかもしれませんよ。


今年もあと少しですね。みなさん、一年間本当にお疲れ様でした。

私は講座でいろいろな方に出会うチャンスに恵まれていますが、お会いする全ての方が、それぞれの現場でものすごく頑張っていらっしゃり、いつも尊敬の念を抱いてしまいます。

だからこそ、皆さんがその頑張りに見合うぐらい、「ありがとう、○○さんのおかげで助かったよ!」とねぎらってもらえているかな…と気になってしまいます。

自分の頑張りを認めてもらえると、私たちは「よーし、また次も頑張ろう」という気になりますね。

これを心理学では「強化」が起きたと考えます。良い結果をもたらす場合は、その行動は「強化」される、つまりよく行うようになり、良い結果をもたらさない行動は「弱化」あるいは「消去」される、つまり行われなくなる、と考えるのです。

たとえば5キロのダイエットに成功して「体調が良くなった」「周りから褒められた」という経験をした人は、当然ダイエットを続け、「お腹がすいて効率が落ちた」「周りに気づいてもらえなかった」という経験をした人はダイエットを止めてしまうことが考えられます。

私たちの行動は、その結果に影響を受けるということですね。このように経験によって新しい行動が身についたり、変化したりすることを心理学では「学習」と呼びます。

意志だけではなく、私たちの行動をつくる仕組みは「学習」に基づいているよ、というわけです。

さて、ここで、認められることは人間にとって「快」か「不快」かといったら…?

当然「快」ですね。人間は承認欲求を持っており、これを満たされることは社会的な生き物である人間にとって非常に大事なことです。

よく「褒めると慢心して、努力しなくなるのでは」という考えも聞かれますが、そんなことはないわけです。

だって、頑張った結果「快」を生んだなら、私たちはまた「快」を得ようとして頑張るわけですから。むしろ、頑張った結果が「誰からも認めてもらえない」という快を得られない結果に終わった場合こそ、私たちはその行動を取らなくなるのです。

さらに上のレベルを期待するのであれば、「今年はよくがんばったね。来年は○○の面での活躍も期待しているよ!」と伝えてみるのも手ですね。

もちろん、人間は外側からの刺激に反応しているだけの存在ではなく、自分がやりたいからやるのだ、といった内発的な動機づけもあり、この学習理論だけで人間の行動の全てに説明がつくわけではもちろんありません。

ただ、労われて嬉しいのは誰しも同じ。
「○○さんのおかげで今年も乗り切れたよ、ありがとう!」と言われれば、一年間の疲れも吹き飛ぶというものです。

さあ、忘年会や年末の挨拶はいいチャンスです。ぜひ職場の仲間に、感謝の言葉を伝えてみてください!


前回、私たちの行動は「結果」の影響を受けるものだという話をしました。自分の行動の結果が望ましいものであればその行動は「強化」されてよく行うようになり、その行動が身についたならば「学習」したとみなす考え方です。

今回は、さらに私たちがやる気を失うのも「学習」によるものだという説をお話ししたいと思います。

これはセリグマンという心理学者が1960年代に提唱した「学習性無力感」という説で、自分のいかなる行動も環境に対して無力であるという「あきらめ」が学習されると、他の状況下であっても行動を起こさなくなるという説です。

これは以下のような実験から明らかになりました。

犬を2群に分け、電気ショックを与えますが、A群は鼻でパネルを押すことによってショックを止めることができ、B群はどんな反応をしようとショックを止められません。

1日目にこのような経験を積んだ犬たちは、2日目は、A群・B群ともに仕切り板を飛び越えることでショックから逃げられるという、1日目と異なる状況下に置かれます。

するとどうなったと思いますか?

A群の犬は数秒のうちに仕切り板を飛び越えて逃げ出すのですが、B群の犬は大多数があきらめて座り込んだままという結果でした。

自分の行動が変化を引き起こすことを学んだ犬たち(A群)は、状況が違えど行動を起こしたのに対し、自分の行動が無駄であることを学んだ犬たち(B群)は、状況が変わっても自分からは行動を起こさず、無抵抗になってしまったのです。

このことは、人間に対する別の実験でも証明されました。

つまり、あなたの周りに「どうせむりでしょ」といって行動を起こすのを渋る人がいたとしたら、その人はこれまでに何度も「どうやってもうまくいかない」と思う経験を積んできてしまった人と考えられるのです。

では、やる気を失っている人にはどうしたらいいのか?

それは「新しい学習を成立させる」ことです。

「やっても無駄」から「やったら変わる」という認識へと再学習してもらえばいいのです。

困難に対してあきらめモードになっているメンバーがいるならば、コントロールできる部分やその方法を示唆したり、成果を上げた部分をきちんと評価してあげましょう。

  • 「お客様からいつ変更要求が出てくるかわからないけど、変更手順を決めて提示しておくことはできるんじゃないか」
  • 「○○部長は、目的の説明をきちんとすれば、最後まで耳を傾けてくれるよ」
  • 「競合相手に負けはしたけど、この部分については評価されたよね」

このようにコントロール可能な部分や、うまくいった部分へのフォーカスを繰り返すことで、「自分が頑張れば変わるかも」という期待を持ってもらうことが大事です。

周囲に対する自分の影響力を信じられるようになれば、きっと「どうせ…」発言も減り、チャレンジ精神を取り戻してくれることでしょう。

「ほんとかなぁ、あの人ずっとああだし、どうせ変わんないんじゃないの」

…こう思った方、まずはご自身から始めてみてくださいね(笑)


皆さんは、気になっていることを、きちんと「口にして」いますか?

たとえば貧乏ゆすりをする同僚があなたの近くにいたとしましょう。
あなたは「うわ、また始まったよ」とイライラ、でも当人は無意識だろうから言いにくい。さぁ困りましたね。

先日アサーション講座では、この「貧乏ゆすりをしている同僚に一言注意する」というテーマで、受講生の皆さんにチャレンジしてもらいました。

貧乏ゆすりをスタートさせた隣の人に、さあ、一言…。

  • Aさん:「咳払い」をゴホンゴホン。
  • Bさん:「おや、地震かな?」
  • Cさん:「ねえ、うるさいんだけど」

みなさん、なかなかユニークな方法でアプローチされますね。

相手役の人の感想は、AさんとBさんについては「何が言いたいのかわからず」、Cさんについては「カチンときた」というものでした。

うーん、難しいですね。

しかし、こうなるからと言って、我慢し続けるという選択をした際は、あなたはきっと心の中でこうつぶやき続けます。

「なんで気づかないのかなぁ、この人」
「も〜こんなに我慢してあげているのに」

そしてその人が何気なく声をかけてきたようなときには、「なんですか?!」といきなり怒っている対応を取ってしまうのです。

伝える努力を怠ると、勝手に相手に対するイメージはどんどん悪くなり、相手からも「なんなのこの人」と思われる対応をとってしまい、双方が嫌な感情を抱いてしまうこととなります。

このようなイライラに対して、我慢するばかりでなく、建設的に対処できてこそ、あなたの精神状態を良好に保ち、周囲の人間関係も良いものへと導くことができます。

さて、この貧乏ゆすりの件では、以下の点を言葉にすることを念頭において、セリフを少々考えてみてください。

  1. 事実を伝える
  2. 自分の気持ちを伝える
  3. 要求・提案を伝える

さあ、お考えいただけましたか?

たとえばこんなセリフです。

「すみません○○さん、実は先ほどから○○さんが足をゆすっているのが目に入ってしまい(事実)、そちらに気がとられて集中できずに困っています(気持ち)。」

こう言われた相手は、十中八九このように答えてくれます。

「あっ、ごめんね、気づかなかったよ。悪かったね。」

そうしたらこのような返答で引き継ぐとよいでしょう。

「そうですよね、無意識のことでしょうから、今後も気になったときはお伝えさせていただいてもよいでしょうか?(要求・提案)」

こうやって伝えてもらったあと、実際のロールプレイでも、相手役の人からはこんな言葉が自然にこぼれていました。

「言ってもらってよかったよ。ありがとう」

きちんと口にしたことで、相手から感謝されることもあるのがアサーティブなコミュニケーションです。

そのほかのイライラに対しても、言葉にトゲが含まれていないか(相手を責める気持ちがないか)に注意しながら、(1)〜(3)のポイントを伝えてみると、大体うまくいくと思います。

そうしてイライラに対してまっすぐ向き合って対処したときには、皆さんの中に「建設的に対処できた自分に対する誇り」も芽生えているに違いありません。

きちんと口にすることはWIN-WINをもたらします。

みなさんも、勇気をもって「口に出して」みませんか。


だんだん暖かくなり、桜の開花もいまかいまかという時期ですね。

皆様も年度末でさぞ忙しい毎日を過ごしていらっしゃることと思います。
重い責任を背負い、日々プレッシャーに耐えていることでしょう。

ところで、「プレッシャー」や「責任」が重い人ほど、やはりストレスを多く抱えているのでしょうか?
少し言い方を変えれば、職位の低い人ほどストレスの害を受けにくいのでしょうか?

実はこの質問の答えは「NO」なのです。
職位の高い人ほど、ストレスの害を受けにくく、職位の低い人ほどストレスの害を受けやすい、こういった研究結果が明らかになっています。

「ホワイトホール研究」という、有名な疫学研究があります。イギリスの公務員2.8万人を対象に、1967年から追跡調査を行っているものです。公務員のため、極端な年収の差はなく、全員が同じ健康保険システムに所属し、失業の不安はありません。

一方でそこは厳然とした階級社会で、職位により職務内容や責任の重さ、裁量の範囲ははっきりと分かれています。つまり、この対象者の間に健康状態の差が見られたとしたら、それは階級の違いに基づく部分が大きいと考えられるわけです。

はたして、職位の高い人々と低い人々の間には、はっきりした健康格差が生じていました。死亡率、心臓疾患、肥満傾向、腰痛、心の病等、さまざまなリスクが、職位が低い人ほど高いという結果が表れていたのです。

たとえば死亡率について、40〜64歳の年齢層において、遺伝的な危険因子や、喫煙、過度の飲酒、運動などの生活習慣による影響力を除いた場合でも、最下層とトップ層の死亡率は2倍近い開きとなったそうです。

この結果はどのように解釈できるのでしょう。

高い階級の人は、高いレベルの要求や責任を負っていますが、その分自由裁量の幅も大きく、自分の技能を十分に活かすことができます。チャレンジ精神を満たし、自分の成長が感じ取れる環境にあります。

一方、低い階級の人は、仕事は簡単で責任はなくとも、意思決定することもないので「やらされ感」を強く持ちます。また自分の能力やスキルを発揮する場がないため、スキルが衰えていく可能性があり、そのことがモチベーションを下げていきます。

たとえ責任が重かろうとも、自由裁量があるほうが健康であるというわけです。

このように、「要求度」が高いことそのものが問題ではなく、「裁量度」との組み合わせが重要であることを示したのが、Karasekの「仕事の要求度-裁量度モデル」です。

従業員を「仕事の要求度」が「高い」または「低い」か、「裁量権」が「高い」または「低い」か、の4グループにわけると、最も健康リスクが高いのは、「仕事の要求度が高い」にもかかわらず「裁量権が低い」人々です。

このような人々は、心理的な負荷が強く、攻撃的になったり、気分が落ち込んだり、強い疲労感を感じやすくなります。実際、ホワイトホール以外の様々な研究でも、この「高要求-低裁量」の人々が高いリスクを負っていることが明らかになっています。

仕事において、自分の意思が職場に反映されたり、プロセスを決めることができたり、自分のスキルを十分に活かせたり…といった自由裁量がきくことが、ストレスを下げるということなんですね。

4月から新しい業務もスタートすることでしょう。
職位は変えられずとも、仕事の裁量範囲については工夫次第で広がるはずです。

自分や周りのメンバーがどうしたら裁量の幅を広げられるか、ぜひ検討してみてください。


だんだん日差しが力強くなり、春を満喫できる季節になってきましたね。
北風に身を縮める必要がなくなっただけで、体はずいぶんストレスが減る気がします。

ところで、みなさんは誰かに行動を変えてほしいとき、「北風」と「太陽」、どちらで臨んでいらっしゃるでしょうか?

先日のアサーション講座でのロールプレイで、こんなことがありました。

Aさんはある輸送業の新人教育の担当者でした。身だしなみから振る舞いまで、「合格」が出ないと現場に出さないという徹底ぶりです。

その新人たちの中で、優秀でひときわ早く合格したBさんがいたのですが、Bさんは安心してしまったのか、他の仲間が合格できずに苦労しているのに知らんぷり、最初にできていたことも後で再テストするとできなくなっていたという始末でした。

Aさんは怒り心頭、Bさんにかなりの剣幕で「指導」したとのこと。
実際にロールプレイでそのときのことを再現してもらうと、はたで聞いている私たちまで身がすくみそうな迫力でした。

「チームワークが求められる仕事なのに自分さえよければいいという態度は最低だ」
「このままでは安全のためにも現場に出せない」

…などなど、あふれるパッションのままにどどどどっと口にしている、というのがAさんの「指導」の仕方でした。

はたして、ロールプレイの相手の反応は…

「とにかく怒られているということで頭がいっぱいでした。頭が真っ白になっちゃいました」

あれれ、こんなに言葉を尽くしたのに、どうやら肝心の中身は全く届いていない様子。
Aさんは熱意あふれる指導者なのに、何がまずかったのでしょうか?

まずその伝え方です。

責める、脅す、怒鳴る、まくしたてる…。これを私は「北風」と呼んでいます。
どれも思わずコートの襟を立てるように、身を守りたくなる伝え方ですね。
相手は刃のような言葉で傷つけられないよう耳をふさぎ、肝心のメッセージは届いていきません。

さらにAさんは、「〜すべき」という道理をもって相手を説得しようとしてします。

確かにAさんの言うことに道理が通っているのは間違いありません。
ですが、私たちは「感動(感じて動く)」はしても、「理動(理屈で動く)」ということはないのです。

ロジックでこられると、頭ではわかるが心が動かない、そんな経験は皆さんもお持ちですよね?

では何を伝えられたら私たちは「感動」できるのか?

それは伝え手の「感情」です。

あなたがその人に「言わねばならぬ」と思う気持ちがあるなら、そこには必ず「感情」が伴っているはずです。

私はAさんに、「どうしてこのことを言わねばと思ったのか」を尋ねてみました。最初は「〜べきだから」といった道理・論理で説明していたAさんでしたが、食い下がって聞いていくと、やっと出てきたのです。

「優秀なBさんが、他の仲間を助けようとしない様子を見て悲しかった」

そうです、この「悲しかった」という感情こそ、相手に伝えてほしいことなのです。

このように伝えられたなら、あなたはどう感じますか?

きっと、「ああ、この人の期待を裏切ってしまった。これからはもっとしっかりやらねば!」と思うのではありませんか?
これがまさに自分からコートを脱がせるような、「太陽」の言葉と私は思っています。

このように、感情をオープンにする、というのがアサーションに何より求められることです。

辛い、苦しい、困っている、不満だ、ショックだった、悲しかった…といった、素の言葉が、何より相手に「変わらなきゃ」という気持ちを起こさせるのです。

このような言葉を口にするのは勇気が要ります。自分の弱みをさらすようですし、ビジネスの場にそぐわないような気がするかもしれません。

でも、私たちはビジネスマンの役割をこなしていても、中身は人間です。相手の心に届く対話がしたいなら、こちらも心をさらすことが必要なのです。

実際、この「感情」を口にできると、自分自身がとても楽になります。無理をしていた自分や、怒りの陰に隠れた傷ついている自分に気づくことがあります。

なにより、相手が「私のためにそこまでさらしてくれてありがとう」という気持ちになるのです。言いにくいことを言ってくれた相手に感謝の念が湧いてくるのです。

さあ、4月も終われば皆さんの職場にも新人がやってくるかもしれません。
ぜひ、北風ではなく太陽で、熱い指導をお願いいたします!


効果抜群だけど、一人ではできないストレスコーピング(対処)があります。

それは「誰かに話を聴いてもらう」ということ。

腹が立ってどうしようもないとき、落ち込んでしかたないとき、私たちは誰かに話を聴いてもらうことで、心に渦巻くモヤモヤを整理し、また立ち直っていくことができます。

皆さんも愚痴の聞き役になるくらいなら、しばしばやっていますよね。これは相手のストレスコーピングに協力してあげているわけです。

ところが、この愚痴をどう聞いたものか、迷っている人も多いのでは?

たとえばランチトークでこんな会話になったことはないでしょうか。

相手:「いやもう、うちの課のAさん、本当にどうしようもないんですよ。全く自分で考えようとしないから、トラブルがあると全部こっちに丸投げですよ! 今日も自分でとった電話がクレームになりかけたら、こっちに渡してあとは知らん顔ですからね。おかげで午前中いっぱいずっとその対応に追われましたよ!」

あなた:「うわー、大変だねぇ。確かにあの人は困った人だよね〜。」

相手:「でしょう? こないだも・・・」

パターンは違えど、誰しも身に覚えがある会話ですね。

相手はあなたの共感が得られると溜飲が下がってスッキリ、次のランチには新しいネタを携えてまたもや愚痴…と繰り返されることもしばしばです。

あなたとしては「Aさんは確かに困ったところも多いけど、いいところもあるんだよな…」とは思いつつも、目の前の相手に共感も示してあげたいので、とりあえず「そうだよね」とうなずくでしょう。

もちろん愚痴を聴いてあげてスッキリしてもらうのも悪くない役割ですが、一緒になってその人を下に見て「ダメだよね」で終わるのは、少し嫌な気持ちですね。

聴いてもらった相手も、実はスッキリの陰には「愚痴ってばかりも格好良くないな〜」といった、少し苦い思いも抱いているかもしれません。

相手への理解も示してあげたいけれども、愚痴で終わらず、建設的な方向にも向かってほしい。どうしたらそれができるでしょうか。

ところでこの愚痴、これは問題について延々話している「プロブレムトーク」です。

プロブレムトークを重ねると、プロブレムは現実となっていきます。

話し出す前はうすうす「困ったやつだ」ぐらいに感じていたAさんの評価が、話し終えた頃には「どうしようもなく問題だらけのやつだ」という確信に変わっていることはありませんか?

プロブレムを語り続けるということは、本来はさまざまな評価が可能なAさんに対して「どうしようもない人」というストーリーを作り上げていくことになります。

「Aさん=どうしようもない人」というストーリーができあがると、Aさんと関わるときはそのストーリーの正しさを証明しようと、よけい問題ばかりに目が向き、そのストーリーに当てはまる点を見つけては「ああやっぱりね」とさらにそのストーリーを強化していきます。

このようにプロブレムトークを続けている限り、問題の解決は見えてきません。

愚痴を重ねた挙句にその人への効果的な関わり方を見つけた試しはありませんよね?

ではどうしたらよいか。
それは「ソリューショントーク」へと切り替えることです。

プロブレムトークが、問題を作り出している会話だとしたら、ソリューショントークは、解決を作り出す会話です。

ソリューショントークの詳細は次回お話ししたいと思いますが、今回はその入り口だけお伝えしましょう。

上の例では、共感を示しつつも、愚痴だけに終わらず、建設的な会話にしていきたいのでしたね。

ではまず、このように共感してみることとしましょう。

あなた:「うわー、大変だったね〜。確かにあの人には困ったところもあるよね〜」

・・・いかがでしょうか。確かに同じように共感しているのだけれど、冒頭の受け止め方とはなにやら印象が変わったと思いませんか?

いったい何がどう変わっているのか?
この小さな言葉遣いの変化が何をもたらすのか?
そしてソリューショントークとは一体?!

それはまた次回のお楽しみに!


さて、前回からプロブレムトークとソリューショントークの話をしています。

「愚痴の聞き役になったとき、どうやったら建設的な方向へ話を向けられるのか?」

その秘訣がプロブレムトークから、ソリューショントークへの切り替えだということでした。

前回は、同僚の愚痴への受け答えを、次のように変えてみたのでしたね。

(A)「うわー、大変だねぇ。確かにあの人は困った人だよね〜」
(B)「うわー、大変だったねぇ。確かにあの人には困ったところもあるよね〜」

さて、(A)と(B)の違いは2つあります。

1つ目は、そう、(B)では「大変だねぇ」が過去形になっていますね。

「大変だ」という現在形を使った共感と、「大変だったねぇ」という過去形を使った共感、ここにはどんな違いがあるのでしょうか。

もし「大変だねぇ」と聴き手が現在形で受け止めたとき、「現在も大変なのだ」というストーリーが、二人の間で共有されたこととなります。

一方、「大変だったねぇ」と過去形で受け止めたときはどうでしょう。

「確かにその時は大変だったけど、今これからは違うかもしれない」という可能性を暗示したストーリーになりませんか?

どちらも同じようにある時点では「大変だった」ということは認めつつも、今これからの展開可能性において違いが生まれてくるのです。

もう1つは、「困った人だ」が、(B)では「困ったところもある」という言い方になっています。

確かにクレームの電話を人に押しつけてあとは知らんぷり、というのは周囲の人にとっては「困った行動」には違いないでしょう。

しかし、そのことからそのAさんを「困った人」と表現したとき、「Aさん=困った人」というストーリーができあがり、そのストーリーに当てはまらない部分(つまり良い点など)は目に入らなくなります。

これを、「困ったところもある」とした場合はどうでしょう。

こうすることで「行動」と「人格」を切り分けていることとなり、困った行動は修正すべきだが、Aさんはいいところもある人だという可能性をはらんだストーリーとなります。

このように、一見ほとんど同じように見えますが、この小さな言葉遣いの変化が、ストーリーの組み替えを生んでいるのです。

このようにして、解決に向けた小さな歯車を動かしていくのが、ソリューショントークといえます。

同僚がある程度話してスッキリした様子が見えた後には、こんな会話も試してみてください。

あなた:
「確かに、Aさんには今よりも自分で考えるようになってほしいよね。まぁ、でもいきなりは難しいだろうからさ、すっごく小さなことでAさんが自分で考えてやれそうな仕事って何かある?」

同僚:
「え〜あるかなぁ。まあ、次の飲み会の場所を決めるぐらいならやれるんじゃない?」

あなた:
「ああ、いいじゃんそれ!『あなたに任せるよ』って言ってやってもらえば?」

同僚:
「はは、そうだね。言ってみるか」

さあ、ここではソリューショントークへの切り替えを行っています。

まず、「自分で考えてくれない」という嘆きを、「自分で考えてほしい」という希望へと語り直しました。

裏返して言語化することで、愚痴が「解決を望んでいること」へと変わり、そうなると建設的なステップを考えることへとつながっていきます。

もう一つ、解決に向けた「スモールステップ」を求めました。

いきなり「すべて自分で考えられる人間になってもらう方法」を考えようとすると、到底無理なことに思え、諦めてしまいそうになります。

ところが「状況を前進させる小さな一歩」ぐらいなら、何かは思いつくのではありませんか?

飲み会の場所選びを任されたAさんは、不安でいっぱいかもしれませんが、選んだお店を周囲から褒められたなら、「私のチョイスが認められた!」と自信がつき、次から少しずつ自分で考える行動も増えてくるかもしれません。

小さな変化は、大きな変化をもたらします。
ドミノ倒しは、最初のドミノを倒せばいいのです。
状況を変えるために、一つ一つのドミノを倒して回る必要はありません。

この「語り直し」や「スモールステップ」は、ソリューショントークの一つの例です。
ソリューショントークのバリエーションはほかにもありますが、こうして「解決を語る」ことで、実際に解決を創造していくのがソリューショントークです。

さあ、次に愚痴を聞くことがあればチャンス!ソリューショントークへの切り替えを図り、いったいどんな解決が生まれてくるのか、チャレンジしてみましょう!


暑い日々が続きますが、元気に過ごしていらっしゃいますか?
夏休みまであと少し、もうひと踏ん張りですね!

さて今回はそんな夏休み前の時期にぴったりな話題をお届けしたいと思います。

名づけて「ストレスに効く休暇法」!

休暇を過ごすと言ってもその中身はさまざま。

ずーっと家でゴロゴロする人もいれば、アクティブにあちらこちら出かけて行く人もいるでしょう。家族サービスでむしろぐったり、なんて方もいらっしゃるかもしれませんね。

社会人たるもの、「はたして自分はうまく休暇を過ごせているのか?」との思いにとらわれたことが一度や二度はあるのではないでしょうか?

仕事についてはプロフェッショナル、でも休暇の過ごし方となるとあまり自信がない・・・という人も多いと思います。

休暇が終わったあとに「なんだかあまり充電できなかったなぁ…」と後悔を感じることも。

せっかくの夏休み、日々ストレスフルな状況で働いている皆様には、ぜひこの機会を使ってエネルギーチャージをしてもらいたいものです。

とくに近年では「リカバリー」という概念(ストレスによる心身へのネガティブな影響を軽減してくれるプロセス)が提唱されており、睡眠はもちろんのこと、この休暇の時間におけるリカバリー効果が注目されています。

ここではそのリカバリー効果をもたらす、休暇の過ごし方3ポイントをお伝えします。

1.仕事から心理的な距離をとる

ここでの「心理的な距離」とは、物理的に職場に行かないことや、仕事に関係するタスクを差し控えることだけではなく、「仕事に関わるあれこれを考えない」ことがポイントです。

仕事において、私たちはしばしばストレスフルな出来事に直面し、ネガティブな感情や疲労を覚えざるをえません。

ところがたとえ仕事を離れていても、頭の中が仕事の心配で占められていたのでは、仕事でストレスを感じている状況と変わらず、休暇によるリカバリー効果は見込めないのです。

「休みの日もたいてい仕事についてぐるぐる考えちゃうなぁ」というあなたは、考えていることに気づいた瞬間に「ストップ!」と心の中で唱えてみましょう。

目の前の休みを楽しむことに頭を引き戻してあげることが大事です。

2.リラクセーション

ここでのリラクセーションとは、心拍数が下がったり、筋肉の緊張が抜けるといった、交感神経の活性度が低下している状態を指します。

私たちは仕事に追われているとき、ドキドキ、カッカし、肩や眉間にググッと力が入っています。リラクセーションはその逆の状態であり、緊張度を下げ、気分の良さや穏やかさなど、ポジティブな感情をもたらしてくれます。

心身の深いリラクセーション状態をもたらすには、「筋弛緩法」や「呼吸法」、「瞑想法」と呼ばれるテクニックが要りますが、日常でもある程度のリラクセーションなら、美しい自然の中をゆっくり歩くこと、音楽を聴くことなどによりもたらされます。

山や川など自然に触れる場所へ赴き、ゆっくり深呼吸するような時間が持てたら素敵ですね。

3.熟達経験

この「熟達経験」とは、仕事を離れた場面で、学んだり、成功を味わったりなどの機会をもたらしてくれるチャレンジングな経験を指します。

スポーツや、新しい趣味を学ぶこと、ボランティア経験に従事することなど、自らの能力と上達を感じ取ることのできるような経験です。

私たちは自分の能力を実感し、パフォーマンスを発揮する経験から、活発さ、平穏さや人生への満足感、ポジティブな感情を得ることができます。

リラクセーションが負荷を下げることによってリカバリーをもたらすのとは逆に、この熟達経験は、ある程度の努力を費やすことでリカバリーをもたらすわけです。

癒しの時間の一方で、「自分ってこんなこともできるんだ!」という驚きや、「うまくできた!」という向上が味わえるような、何かに挑戦する活動も取り入れてみてはいかがでしょうか。

以上、ストレスとの関係からみた休暇のポイントでした。

もちろんお財布との相談や、「休みの日ぐらい家族サービスして!」というご家族とのすり合わせも必要でしょうが、ぜひこれらのポイントも念頭に置き、素敵な夏休みをお過ごしくださいね!


さて、今回はコミュニケーションのストレスを減らす話題をご提供しましょう。

名付けて「ああ言えばこう言う」脱却法。

自分の言い分が絶対筋が通っているはずなのに、相手はなんとしてもそれを承諾しようとしない。なんて分からず屋なのか、と腹を立てた経験は一度や二度はお持ちですよね。

そこではいったい何が起きているのでしょう。

コミュニケーションでは、「言葉のレベル」と「心理的なレベル」の2つのメッセージが交わされています。

この「言葉」のレベルのメッセージと、「心」のレベルでのメッセージが食い違っているとき、私たちは「ああ言えばこう言う」状態に陥りやすいのです。

「言葉」と「心」が食い違っているとはどういう状態をさすのでしょうか?
例えばこんな感じです。

あなた「なんか怒ってる?」
相手「怒ってないよ!」(語気荒く、眉根が寄っている)

このやり取りで、言葉通り「あ、怒っていないんだな」と安心する方はいませんね。
あなたは「いやいや怒ってるんじゃん」と理解するはずです。

このように私たちは、表面上の言語レベルと、心理レベルで異なる2つのメッセージが来た場合は、常に心理的なレベルのメッセージを聞き取っているものなのです。

ではこれが部下と上司のやり取りになったらどうでしょう。

部下「今期はこの方針で行くと期初にちゃんと決めましたよね」(眉根をギュッと寄せながら、鋭い目つき、責めるような口調で)
上司「状況が変われば方針が変わるのは当然だろう」(苦虫をかみつぶしたような顔で、見下すような口調で)
部下「だからといって今から変えたら現場は混乱しますよ」(同上)
上司「やり方を変えなきゃ結果は目に見えているじゃないか」(同上)
部下「そうでしょうか? うちはこれまで…(続く)」

このような上司と部下の攻防、皆様の会社でも繰り広げられていませんか?
お互いに一歩も譲らず、場の雰囲気はどんどん険悪になっていき、一触即発…というところですね。

ここでは上司も部下も言語レベルでは一見筋の通ったことを言っています。
ところが実際に相手が受け取っているメッセージはこうです。

部下「あんたはなんていい加減なんだ! 思いつきでものを言うにもほどがある!」
上司「お前はなんて浅はかなのか! 一度決めたらそれでいいと思っている!」

さあ、あなたはこのメッセージ、素直に受け取ることができますか?

・・・できませんね。「あなたはいい加減である」「あなたは浅はかである」というメッセージを投げつけられたまま、黙っていられるわけがありません。

かくして、私たちは「ああ言えばこう言う」状態に陥るわけです。
なんとしても議論に勝つことで、その裏面に隠れた心理レベルのメッセージごと、相手に「お返し」しようとするわけです。

では、このようなお互いに不快な「ああ言えばこう言う」状態から降りるにはどうしたらよいのでしょう?

それには、自分は裏面で違うメッセージを出していることに"気づく"ことが第一です。

私たちはついつい、言葉のレベルのメッセージさえ筋が通っていれば、相手は受け入れるはずだと思い込んでしまいます。

ところがその裏で、「このロジックの正しさをわからないあなたはバカだ」などと思い続けている限り、相手はそのメッセージに対して「その通りだ」とはうなずかないわけです。

自分が心理的レベルで相手の価値を貶めるようなメッセージを発していることは、さらさら気にとめないでしまうのですね。

このように自分が知らず知らず発してしまっていた心理的なレベルでのメッセージに気づいたら、「おっといけない」とその気持ちはひっこめましょう。

人間は「心理的レベル」のメッセージには面白いほど敏感です。あなたが気持ちを切り替えたら、それはすぐに相手に伝わり、ヒートアップした空気が一気に下がることが体感できるはずです。

さあ、あなたの心の声がどうなっているのか、いつも目配りしつつ、コミュニケーションにチャレンジしてみてくださいね!


さてスポーツの秋、読書の秋、勉強の秋と、様々なアクティビティに最適な季節となっていますね。

私もスポーツをやっていますが、試合の日など「ここ一番!」というときに、「うまく自分の力が出せたなぁ」と思うときもあれば、「全然ダメだった・・・」というときも。

特に「本当に集中できた!」というときは、そうめったにやってはきませんが、雑念もなく、身体と心がぴったりシンクロしている感覚があり、時間を忘れるような、とても気持ちのよい経験をすることがあります。

スポーツをされている方は一度や二度、こういった経験をお持ちではないでしょうか?

また、仕事においても「目の前の作業に没頭しており、ハッと気づけば時間がすごく過ぎていた」なんて経験はお持ちではないでしょうか。

よく作家の人々は、良い作品を生み出す過程で「降りてくる」といった表現をしていることがありますが、それに近い感覚を私たちも持つことがありますね。

さて、そのような経験は、実は「フロー経験」と呼ばれ、心理学の研究対象になっています。

フローとは、「ある活動を行っているときの、時間感覚を失うほどの高い集中力、楽しさ、自己の没入感覚で言い表されるような意識の状態」を指します。

この「フロー経験」を提唱したのはアメリカの心理学者ミハイ・チクセントミハイ(Csikszentmihalyi,Mihaly)です。

なぜ「フロー(flow)」と呼ばれるかというと、チクセントミハイがインタビューした人々の多くが、このような最適経験をしているときの感じとして、「流れている(floating)ような感じだった」「私は流れ(flow)に運ばれた」と表現したことからです。

このフロー状態にあるとき、私たちは高い集中力を示し、活動を楽しむと同時に、高いレベルの満足感、幸福感、自尊感情の高まりなどを経験します。

さらにこのフロー経験を持つことが、日常生活の充実感と関係があることがわかっています。

つまり私たちが毎日をイキイキと感じるためには、ギューッと集中した時間を持つこと、すなわち「フロー経験」が散りばめられていることが大事だというわけですね。

じゃあどうすればこのフロー経験を味わうことができるのか?
そのポイントを1つご紹介しましょう。

それは「活動に求められる能力と、自分の能力が高いレベルで合致していること」。

つまり、手を抜いても結果は変わらないというような、課題に比べて自分の能力が高すぎる状態でも、あるいは自分がどう頑張ろうと結果は出せないというような、課題に比べて自分の能力が低すぎる状態でも、フロー経験はやってきません。

課題に対して自分の持てる力を十二分に発揮させることでうまくいく、というような「手頃な挑戦」に臨んでいるとき、私たちのパフォーマンスは最大化されるわけです。

ビジネスマンの日常では、スポーツ選手とは違って、短時間の一極集中が必要な場面は少ないかと思いますが、「毎日充実しているなぁ」という感覚が乏しいという方は、この「フロー経験」に近づく時間を持つよう工夫してみてはいかがでしょうか。

たとえば自分にとって少しハードルの高い仕事を用意し、時間制限を設け、挑戦する。
1時間でクリアできるようになれば今度は50分、など、常に自分の能力とのバランスで時間制限を設けるなどすれば、難易度は調整できるかと思います。

我を忘れるような、集中した時間を持つことが、あなたの毎日を輝かせます。
毎日の仕事をチャレンジングな仕事に変える工夫を意識してみてくださいね!


すっかり寒くなってきましたね。
皆さんは風邪をひいたりなどしていませんか?

実はかくいう私はつい先日まで風邪をひいてしまいました。

熱が出ている真っ最中のときはただ寝込むしかないのですが、少し体が回復してくると、今度は布団の中で寝ていることが苦痛になってきたりしますね。

そんなときは、あれこれ余計なことが頭の中を巡っているものです。

「あの仕事がまだ手つかずだった、締切までに終わるかな」とか
「そういえばあの部分がいまいちだった、どうしたらよかったのか」とか
「こんなに休んでしまって、職場の人に『怠けているんじゃないか』とか思われていたらいやだな」
などなど。

こんなふうに考え出してしまうと、せっかく休んでいるのに心はちっとも休まりませんね。

心理的なストレスは「認知」が生み出すものですから、多くの人にとって安らぎの場所である布団の中でさえ、ストレスを感じる可能性は潜んでいるわけです。

もちろん、仕事場面においても同様です。

あなたがある仕事を新たに一つ任されたとしましょう。
そのときにストレスを感じたとしたら、たぶんこんなことを心の中でつぶやいてはいませんか。

「ああ、この手の仕事は関係者が多くてなかなか進まないから嫌なんだよな」
「こんなにたくさんの仕事を押しつけるなんて、なんて人使いの荒い上司だ!」
「でもこの仕事をうまくやらないと社内での評価は下がってしまうだろうし…」

・・・などなど。

これらの認知は、的を得ている場合もありますが、取り越し苦労の場合や、考えすぎのことも少なくありません。考えたことで、事態が好転することもあまりありません。

どうやら、あれこれと考え出してしまうことそのものがよろしくない、ということが見えてきませんか。

人間の思考は、放っておくとどんどん暴れだし、いろいろな問題を引き起こしてしまいがちです。

思考を暴走させないように手綱を握り、バランスの良いところにとどめておくのは、実はエネルギーのいることです。

皆さんも、睡眠不足だったり、残業をしてくたくたに疲れていると、どんどんネガティブな方向に考えが進んでしまった経験はありませんか?

つまり「余計なことを考えない」のは、実は大切なストレスマネジメントスキルなのです。

この余計なことを考えないでいる状態を、「マインドフルネス(=今の瞬間の現実に常に気づきを向け、その現実をあるがままに知覚して、それに対する思考や感情には捉われないでいる存在の有様)」と呼びます。

この状態を積極的に作り出していくことで、ストレスを減らす方法を、「マインドフルネス瞑想法」として、ストレスマネジメント研修でも実施しています。

その具体的な方法としては、「今ここの作業に没頭すること」です。

ご飯を食べることでも、歩くことでも、草むしりでも、皿洗いでも構いません。

単純作業に没頭し、悩みや心配事がむくむくと頭をもたげてきたら、「雑念が出てきたな、でもそれは置いておいて、この作業に戻ろう」と、また作業に没頭する、を繰り返します。

悩みや心配事を追いかけず、手放す練習をするわけですね。

余分な思考や感情は、過去か未来からしかやってきません。
過去の体験を思い出してあれこれ悩むか、未来のことをいろいろ心配するのどちらかです。

逆に、「今この瞬間」に集中している以上は、私たちは思い悩むことから解き放たれているわけです。

さあ、みなさんもぜひ、この「マインドフルネス」な時間を増やしてみてください。

すると思考に振り回されていた時間が減り、代わりに充実感を感じる時間が増え、毎日の生活が生き生きしてくることと思いますよ!


さあ、いよいよ年末も近づいてきましたね。

年末年始はご実家へ帰省される方も多いのではないでしょうか。
私は帰省するとあまり手伝いもせずゴロゴロしてばかりなのですが・・・

そんな私が唯一、「これだけはやっておこう」と意識していることがあります。
それは「母の話を聴く」こと。

うちの母は久しぶりに娘の顔を見ると、日々積もった些細な話をああだこうだと話してきます。

はっきり言って話は長く、「もういいから結論は何!」と思いながら聴いていることもしばしば。

しかしここが我慢のしどころ!
私にできる唯一の親孝行と思って(大げさですが)、耳を傾けることとしています。

あるときの話題はスーパーの駐車場で見た母子の話でした。

幼い子どもの手を引いている若いお母さんがイライラしていたのか、子どもをひどく罵倒した挙句、子どもを置いてスタスタ歩いて行ってしまい、子どもは必死にそれを追いかけている・・・という情景を説明してきます。

そのとき少しぼーっとしていた私は、ただ黙って聴いていたところ、母は「だからどうっていうことはないんだけど…」とつけたし、なんだか不安げな表情。

皆さんなら、こんなとき、どう返しますか?

「へぇ、ひどい母親だね」と調子を合わせますか?
「なんか事情があったんじゃないの?」と客観的な意見を述べますか?
「ふ〜ん…」と当たりさわりなく、ぼんやりと返答しておきますか?

私はそのときとっさにこう返しました。
「その子の姿に胸が痛んだんだね」

すると母は「そうなのよ!」と勢い込み、ホッとした表情でまた話を続け出しました。

その反応を見て、私はこの一言が母にとって必要な一言だったんだなと感じることができたのです。

私たちはしばしば、「感じたこと」を分かち合いたくて話をします。

結論があるわけでもなく、オチがあるわけでもない。
聴き手を楽しませる話題でもない。ただこのモヤモヤを口にしたいだけ。

そんなとき、聴き手のリアクションが薄いと、話し手は「伝わっている?」と不安になったり、「やっぱりつまらない話だったか…」と自信を無くしたりします。

一方、うなずきやあいづちなど、聴き手がリアクションを示しながら聴いてあげると、話し手は「ちゃんと聴いてくれてるんだ」と安心して話すことができます。

さらに自分でさえはっきりとつかめていなかった「モヤモヤの正体」をしっくりくる言葉で言い当ててもらうと、話し手は「そう!それそれ!」と心の整理をつけることができます。

相手の話を聴くときには、ぜひ、相手の気持ちの鏡になってあげてください。
話の内容そのものではなく、そこに隠れた話し手の気持ちを受け止め、返してあげましょう。

「胸が痛んだんだね」
「悔しかったでしょう」
「それは驚いたろうね」
「ずいぶん嬉しかったんじゃない?」
などなど、そのエピソードに含まれた気持ちをぴったり表現してあげると、わかってもらえた喜びに輝く顔が見られると思いますよ。

普段は忙しくて家族の話をゆっくり聴いてあげる時間がない人も、年末年始はチャンスです。
家の大掃除をするように、心の棚卸ができると、スッキリと新しい年も迎えられます。

日頃の感謝の気持ちを込めて、よい聴き手になってあげてくださいね!


皆さんこんにちは。

そろそろ年度末、予算などの数字に胃が痛い思いをされている方も多いのではないでしょうか。

実はアイシンクは東大と共同授業を行っており(詳しくはHPをご覧ください)、半年間の講義と実践で、社会に出た後に必要になるベーススキルを学んでもらっています。

私はそこでヒューマンスキルを4コマ担当しているのですが、今年は中でも「ストレスコントロール」を扱った回が大盛り上がりでした。

社会人になった私たちにとっては、予算未達などが大きなストレス要因かもしれませんが、学生にとってのストレス要因といえば、試験、論文、そして「就活」です。

先日の朝日新聞にも、「内定がもらえずに思い詰めて自殺をしてしまう学生への対策が進められている」という記事が掲載されていました。就活で受けるストレスは、相当なものであるようです。

しかしもちろん社会に出た後も、ストレスは手を替え品を替えやってくるもの。

そこで「ストレスに強い考え方を身につけよう!」ということで、「就活に失敗してしまった」という状況をテーマに、学生の方々にストレスコントロールにチャレンジしてもらいました。

今回は、最初のステップとして、あえて「絶望する」方向で考えてもらいました。

皆さんも、自分が就活生で、「何社も面接で落ち続け、とうとう最後の一社からも、不採用の連絡を受け取った」という状況を考えてみてください。
そのときどんなふうにつぶやいたなら、この状況にとても「絶望」するでしょうか?

例えば、こんなつぶやきが考えられます。

  1. 「これで自分の人生は終わった」
  2. 「自分は社会から必要とされていないのだ」
  3. 「面接で落とされるのは、自分に重大な人間的欠陥があるからに違いない」
  4. 「いつも大事な局面で自分は失敗する」
  5. 「これからも、人生のあらゆる面においてうまくいかないだろう」

どうです、読むだけで非常に絶望的になってきましたね(笑

これらの思考は、普通の状態なら「こんな極端な考え方しないよ」と思いがちですが、実際にうまくいかない状況が何回も続けば、ふっと頭をよぎりやすくなるものです。

これらの思考は、今回はあえて考えてもらいましたが、本来は自動的にパッと浮かんでくるものなので「自動思考」と呼ばれています。

そしてこの自動思考につかまって、ぐるぐると何回もこのつぶやきを反芻するようになると、気分は落ち込み、胃は痛くなり、家に引きこもりたくなってしまうのです。

そこで次のステップは、この「自動思考」を「適応的思考」と呼ばれるものにスイッチしていくことが必要になります。

「適応的思考」とは、自動思考に代わる、「柔軟で現実的な考え」のことです。
もっと視野の広い、バランスの良い考え方がないものか、あれこれ選択肢を広げてみるわけです。

さあ、では皆さんも、1〜5の自動思考に対する「適応的思考」を考えてみましょう。

ポイントは、「他人にアドバイスするつもりで考える」ことです。
あなたのそばに何かの失敗でひどく落ち込んでいる人がいたとしたら、きっと何か声をかけて、気持ちを切り替えてもらおうとしますね。
その言葉がまさに「適応的思考」になります。

例えばこんな感じでしょうか。

  1. 「就活がうまくいかなかったからといって、それで人生のすべてが決まるわけではない」
  2. 「希望の会社にとってはミスマッチだっただけで、根本的に社会に不要な人間とは判断できないはず」
  3. 「面接はある側面を見ているだけで、重大な人間的欠陥があるかどうかはわからない」
  4. 「よく考えれば、これまでの人生で成功を収めてきたこともたくさんある」
  5. 「今後もあらゆる面でうまくいかないという理由はどこにもない」

いかがでしょうか。こうつぶやくと、かなり心が軽くなってきますね。

ちなみに東大生用に準備した例でもっともウケたのは、以下の自動思考と適応的思考でした。

  • ■自動思考:東大に行っているのに就職が決まらないなんて、親戚中に笑われるに違いない。
  • ■適応的思考:東大生だからってなんでもうまくいくわけじゃない。うまくいかないことがあっても当然だ。

このように、私たちのストレスは私たちの「心のつぶやき」が発端となって生まれています。この心のつぶやきを見直すことで、ストレスをコントロールすることができるのですね。

さあ、皆さんも、ご自身のストレス要因に対しても、「自動思考」を発見し、「適応的思考」を考え出すステップにチャレンジしてみてください。

我がこととなるとなかなか難しいかもしれませんが、こののち一生あなたを助けてくれる、人生のベーススキルになりますよ!


さて、今回は「褒める技術」についてお話ししたいと思います。

研修で褒めることの大事さをお伝えすると、「褒めるのが苦手で…」とおっしゃる方の多いこと!

そう、褒めることも、一つのコミュニケーションスキルであり、スキルは磨く必要があるのです。

社会人経験を積むうちに、説明やプレゼンがうまくなっていったように、褒めることも経験で磨かれていきます。最初からうまい人はいませんし、やらなければ一生うまくなりません。

さあ、今からでも遅くありません、褒める技術を磨いていきましょう!

では褒めるときのコツです。

「褒める」行動は、「見つける」と「伝える」から成り立っています。

よくある悩みは「褒めるところが見当たらない」というものですが、褒めるところは、見つける気にならないと見つかりません。

「褒め言葉は『小は大を兼ねる』」という言葉を覚えておいてください。

小さいことほど、褒める効果は高いのです。
誰もが目につく大きな美点をほめても、当人にとっては当たり前で、インパクトは小さなものです。

ところが誰も気がついてくれなかったような、小さなことに目をとめて褒めたならどうでしょう。

「こんな細かいところにもちゃんと気づいてくれるなんて!」と感激もひとしお、それに気づいたあなたに対する評価もグンとアップします。

「小さなことこそ見つけてやるんだ」と思って観察するようにしてみましょう。
「こんな小さなことに気づけて自分はすごいなぁ」と、ついでに自分も褒めることもできますよ。

そしてもう一つが「伝える」でしたね。

「ここがいいな」と心の中で思っていても、口にしないと相手には伝わりません。

「ずっと評価していたことを、あるときたまたま口にしたら、思いがけず大喜びされて驚いた。自分が評価していることを、相手はとっくにわかっていると思っていたけど、実は違ったんだなぁ」という経験をお話しくださった受講生の方がいらっしゃいました。

そうなんです、せっかくいい点を見つけていても、それを心の中に秘めているだけでは、相手への効果はゼロです。
ちゃんと口にすることが必要です。

伝えるときは、大げさに褒める必要はありません。

「素早い対応だね!」
「A41枚にまとまっていていいね」
「さっきの説明はわかりやすかった」

など、あなたが受け取った事実を伝えれば、それで十分褒め言葉になります。

また、「後で言おう」と思っても、「後で言った」ためしはないはずです。

気づいたときに、すぐ伝えることを意識してください。
ホットなときこそ、響くときでもあります。

ちなみに、褒められるときにもコツがあります。

日本人は特に、「謙遜」を美徳とするところもあり、素直に褒め言葉を受け取ることに馴れていません。

研修の場でも、「いやいやそんなことは…」とか、「いえいえ私よりあなたのほうがよっぽど…」とか、「普段はこんなんじゃないんですよ」などといって、褒め言葉を受け取ろうとしない人が続出します。

ですが謙遜することとは、せっかく相手が良いところを伝えてくれようとしているのに、「ノーサンキュー」と突っぱねているようなもの。

褒めたほうにしてみれば、宙ぶらりんのプレゼントをなんとか受け取ってもらうべく、「いえいえ、だってさっきもほら、こんなふうにおっしゃっていて…」など、さらに言葉を重ねることとなり、思わぬ一苦労をすることになります。

こんな押し問答を何度か繰り返すと、褒めたほうはだんだん居心地が悪くなり、この後も「褒めよう」という気が起きなくなってしまいます。

そこで照れくさいとは思いますが、もし褒め言葉をもらう機会があったら、こんなふうに言葉でしっかりキャッチしてください。

「ありがとうございます」
「嬉しいです」
「私もそう思ってました」

顔を輝かせながらこう言ってしっかり受け止めてくれると、褒めたほうもとても嬉しくなり、「また褒めよう!」と思うものです。

こうして、「褒める」「褒められる」のよい循環が、チームや職場に生まれればしめたもの。

ぜひ皆さんが先頭に立って、「褒める」「褒められる」の輪を始めてみてください!


さて今回は、相手に何らかの要求をするときに、その理由をどこに置くべきかということをお話ししたいと思います。

先日、ある受講生Aさんに、アサーションのロールプレイに挑戦してもらったときの話です。

Aさんは最近自分が担当する仕事が少ないことを気にされており、「もっと新しい仕事を回してくれるよう上司にお願いする」というテーマで臨みました。

ロールプレイ1回目のAさんのセリフはこうでした。
「私の手が空いているのはもったいないのではと思い・・・」

う〜ん、なんだかなぁ。
いまいち心に響いてきません。

むしろ、自分が上司だったら、「そんなことあなたに心配されたくないよ」と言いたくなってしまいませんか?

少し前に「あなたのためだから」と言って、ダイエットをしている友人のケーキを食べようとするCMがありましたね。

「自分がケーキを食べたいから」に他ならないのに、「あなたのため」と言ってのける姿に思わず苦笑してしまったものです。

そうなんです、私たちはつい自分の真の気持ちを隠して、「相手のため」を装い、相手への要求をしてしまいがちです。

本当は自分のほうに、何かしらの不満や苦しさなど、「このままではいられない」という思いがあるからこそ相手に要求するのに、その理由を「あなたのためだから」にすり替えてしまう。

これでは相手の気持ちは動かせるはずもありません。

私たちは真実のメッセージと虚飾のメッセージを聞き分けることにかけては大変敏感な生き物です。

改めてAさんに、「どうしてこのことを要求したいと思ったのか、あなたの気持ちのど真ん中を教えてほしい」とお願いしたところ…

「同じ仕事の繰り返しで、仕事中ずっとモヤモヤしているんです。スキルが落ちていくんじゃないかって不安なんです」
とおっしゃるではないですか。

そうです、この気持ちが本当はAさんがお願いしたいと思った発端だったのですね。

2回目のロールプレイで、この気持ちをごまかさずに伝えてもらったところ…

「そうだったんだ、気づかずに申し訳なかったね。Aさんにお願いできることがないか検討してみるよ」との言葉が、自然と相手役からこぼれました。

いや〜よかったですね、Aさん。(もちろんこれはロールプレイです、念のため)

このように私たちは、相手に何らかの要求をしたいとき、本当は自分の気持ちに端を発しているにもかかわらず、「あなたのためだから」「君はこのままではまずい」など、相手にその理由を預けた形で要求してしまいがちです。

「こんなこと言ったらわがままに見られるのではないか」とか、「こんなの理由にならない」との心配から、ついつい聞こえのよい、「相手のため」という理由をまぶしてしまいたくなる気持ちはよくわかります。

しかしこの相手を理由にした要求は、相手に対する恩着せがましさや、「別に自分はこれで構わない」という開き直りを誘ってしまいがちです。

それよりも、勇気を出して「困っています」「今のままでは苦しいんです」という自分の率直な気持ちをオープンにするほうが、相手の「それは申し訳なかった」とか、「それなら何とかしてあげなきゃ」といった気持ちを呼び起こすことになるのです。

職場で、ご家庭で、「相手に要求したいな」と思ったとき。
あなたの気持ちをごまかさずに伝えるようにしてくださいね!


いよいよ新年度がスタートしましたね!

新しいメンバーを迎えたり、新しいプロジェクトがスタートしたりと、気持ちも新たにお仕事に取り組まれていることと思います。

さて、今回は「言い換え」の効用についてお話ししてみたいと思います。

例えば先日のストレスマネジメント講座での話です。

この講座では、ストレスにより心身の不調に陥ったメンバーへの対応方法を、受講生が身近に経験したケースをお互いにシェアすることで学び合う時間があります。

ここでは特に、管理職の皆さんには「ストレスサインに気づく」大事さに気づいてほしいところなのですね。

ところが、受講生の一人が困り顔でこんなふうに話していました。
「客先とか、一人きりで作業をしてるメンバーはどうなってるか気づけなくてさ〜」
グループの他の人も「うんうん」とうなずいています。

言うならば、「サインには気づきたいけど気づける状況にないのだ」という訴えですね。

しかし、このままその話し合いの流れを放置してしまっては「だから無理」ということを確認して終わってしまいかねません。

そんなとき、講師としてはすかさず「言い換え」の出番です。

「なるほど、一人きりで作業する人は、どうなっているか気づきにくいからこそ、よりケアを重点的に行ってあげなきゃなんですね〜」

ここでのポイントは、さも、相手の言った通りに繰り返しているだけのように言うことです(笑)。

するとその人はハッとなった表情で、「そう、たまに顔を合わせるときによく話を聴いてあげなきゃなんだよね〜」と続けておっしゃってくださったのです。

こんなふうに、「うまくいかない」という“プロブレムトーク”の中には、あともう一歩背中を押せば「解決」につながることが、たくさん転がっているのです。

例えばこんなふうです。

「お客さんがいちいち細かいところまで口出してくるから本当にやりにくいよ」
→「お客さんに信頼してもらえて全部任せてもらえるようになりたいんですね」

「うちの会社のミーティングはレベルが低すぎる」
→「ミーティングのレベルを上げたいと考えているのですね」

こんなふうに、「愚痴」を「希望」へと言い換えるだけで、

「そうだ、信頼してもらえるにはどうしたらいいんだろう」
「ミーティングのレベルを上げるには何ができるか」

など、とたんに「解決」に向かって思考が動き出してきませんか。

愚痴をそのままにせず、裏返して言語化することで、「解決」へと橋渡しができ、建設的なステップを考えることへとつなげられるのです。

ちょっとした「言い換え」をするだけで、事態は「解決」に向けて転がり出します。
ぜひ新しい時期にふさわしく、新しい言葉の使い方を身につけてみてくださいね!


さて今回は「どうやって人は伸びるのか」という話をしてみたいと思います。

若いメンバーを育てたい、でもなかなか思うようにはいかない…というマネジャーの方にはぜひ知ってもらいたい話です。

「ピグマリオン効果」という言葉をご存知ですか。
別名、「教師期待効果」ともいいます。

これは、「教師が意識するとしないと関わらず、子どもに期待を持って接することが、実際に子どもの学習成績を向上させる効果」を言います。

どういうことなのでしょうか。

この効果は、ローゼンタールとジェイコブソン(1936)が行った実験から明らかになりました。

彼らは学校の協力を得て、「能力開花テスト」なる、子どもの1年後の成績の伸びを予想するという触れ込みのテストを実施してもらいました。

そして先生たちに、好成績だった子どもたちが誰なのかをほのめかします。

ところがここにタネがあり、実はその子どもたちはランダムに選ばれただけでした。

はたして半年後、再びそのテストを実施してもらうと、なんと本当にその子どもたちの成績が、他の子どもたちに比べて明らかに伸びてしまっていたのです。

なぜこのような効果が生まれたのでしょう。
高い期待を持った子どもに対しては、教師に次のような行動がよく見られたそうです。

  • ヒントを与える
  • 質問を言い換える
  • 回答を待つ

そしてこの関わり方の差について、教師は自分で気づいていなかったのです。
自分でも意識していないにも関わらず、行動が変わってしまっていたのですね。

ここがこの話のミソです。

教師が「この子はできるはず!」と期待を込めて見ていると、それが自然と行動に出てしまう。期待を感じ取った子どもはおそらくこう思うはずです。

「どうやら僕は先生に期待されているみたいだ!(自分でも知らなかったけど)僕って本当は頭のいい子なのかも。そしたらもっと勉強を頑張ってみようかな!」

人からまず信じてもらうことが、本人が自分を信じて努力をスタートさせるきっかけになるのですね。

ですから私が、マネジャーの皆さんにお勧めしたいことはこうです。

人を育てたいなら、そのメンバーを、キラキラした瞳で見てあげてください!
「君はすごいポテンシャルを持っている人材なんだよ!(キラキラ)」

あなたの期待は無意識に行動に現れ、それを察知したメンバーは、「マネジャーは僕に期待しているらしい! それじゃいっちょ頑張ってみるか」となるのです。

逆に「どうせこいつはこんなもんだ」という目でみると、期待通り、「どうせ僕はこんなもんですよ」という働きしかしなくなり、見事「こんなもん」となるのです。

人間ってこちらが向かい合ったように相手も応えてくれるんですね。

さあ、「相手を期待を込めたまなざしで見る」、始めてみましょう!


さて今回は、アサーションにおいて「事実」をどう表現するかについて、考えてみましょう。

アサーションでは、「@事実」→「A感情」→「B要求・提案」を言葉にすることが基本です。

「@事実」は、
「問題にしようとしている現在の状況や相手の行動を描写すること」
です。相手に何らかの要求や提案をする上で、背景の共有を図るわけですね。

この「事実を表現する」というのが、一筋縄ではいかないところなのです。

ではAさんのケースをもとに考えてみましょう。

Aさんは人当りの良い温和な方。
「ちょっとこれお願いできる?」と言われると「はぁ、まぁ」と言いつつ断れないタイプです。

特に最近、職場の先輩Bさんから、本来自分でやるべき雑用を頼まれることが当然のようになってきてしまいました。

Aさんは他人の仕事のために毎晩遅くまで残業をしている状態です。

この事態をなんとか改善したいと思ったAさんは、Bさんに思い切って話してみることにしました。

それでは、Aさん、がんばってみましょう!

【Take1】

Aさん「あの〜、最近、私仕事が多くて、夜帰るのが遅くなっているんですよ」

Bさん「あ、そうなの。それじゃもうちょっと仕事のやり方を考えないとね。」

Aさん「えっ、はぁ…(そういうことではなく・・・)」

おっとっと。率直に事実を伝えず、遠まわしに表現しようとすると陥ってしまうパターンです。

Bさんは自分が関わる事態だという認識さえ持つには至らなかったようですね。

さあ、率直に表現することを意識してもう一回いきましょう。

【Take2】

Aさん「Bさん、私に今までご自分の雑用をやらせてきましたよね」

Bさん「はっ、なにそれ、人が無理にやらせたみたいな言い方! ちゃんとその都度お願いしていいか確認してきたでしょ!」

う〜ん、率直は率直ですが、これでは攻撃的に聞こえてしまいますね。

Bさんがカチンときてしまうのも当然です。

気をつけてほしいのは、これは完全な「被害者の文脈」だということ。

被害者の立場をとるということは、ひっくり返せば相手を糾弾しようという姿勢の表れです。

「私がこんなに辛い目に遭っているのはあなたのせいよ!」というわけですね。

これでは、批判されたほうは、自分の身を守ろうと同じく攻撃的になるか、あるいは黙って背を向けてしまうことでしょう。

相手を攻撃せず、事実を率直に伝えるにはどうしたらよいのでしょうか?

ここでは「Iメッセージ(私を主語にした伝え方)」による表現をお勧めします。

「私にはこう思える」「私はこの事態にこう関わってきた」という、私を主語にする表現方法です。

先ほどのAさんの伝え方は、「あなたは〜〜してきた」という、「Youメッセージ(あなたを主語にした伝え方)」でした。

確かにBさんは、自分のやるべき仕事をAさんにやらせてきてしまいました。

でも本当にそれだけでしょうか。

雑用を頼んできたのはBさんだとしても、「引き受けてきた」のはAさん本人であるはずです。Aさんには断ることもできたはずですが、そうしないできたのはAさんです。

Aさんがこの事態にどう関与したのか、主体的な行動として、きちんと表現することが必要です。

勇気を出して、さあもう一回!

【Take3】

Aさん「Bさん、これまで私、Bさんから頼まれた仕事をお引き受けしてきましたけど、正直なところ、最近とても負担になっているんです」

Bさん「あれ、そうだったの。だったらそのとき断ってくれたらよかったのに。」

Aさん「ええ、そうですね。私もそのとき申し上げればよかったんですけど、つい、これくらいならいいか…と思ってやってきてしまいました。ただこれからは自分の時間も大事にしたいので、お引き受けするものとしないものを分けさせていただきたいのですがいかがでしょう。」

Bさん「もちろん、そうしてよ」

Aさん「ありがとうございます」

いかがでしょうか。

率直だけれど、決して相手を攻撃しようとはしていませんね。

「あなたの言い方はきつい」→「私にはあなたの言い方はきつく聞こえる」

「あなたはこの仕事を手伝ってくれない」→「私はこの仕事を一人でやっている」

などなど、YouメッセージがIメッセージに変換できないか考えてみましょう。

「わたし」に軸足を置いて表現することが、問題解決に向かう対話の第一歩です。

物陰に隠れた私ではなく、しっかりと姿をさらして、話し合いに臨みましょう!


私たちはストレスを抱えたとき、話を聴いてもらうことを必要としています。

誰かに話を聴いてもらい、心の中を占めるモヤモヤを整理することができると、心にスペースができ、物事に対処する余裕が生まれるのです。

PCもクリーンアップをしないと働きが落ちますね。それと同じようなものです。

このような、相手が心の内を整理する手助けとなる聴き方は「傾聴」と言いますが、これは普段の聞き方の延長ではありません。モードスイッチが必要です。

よく会話はキャッチボールに例えられますが、傾聴ではどんなキャッチボールをしたらよいのでしょうか。

それは「話し手が投げた球を、ちゃんと受け止め、話し手に返球する」キャッチボールです。
あたりまえのようですが、これが一番大事です。

例えばこの通りです。
話し手:「うちのチームになかなか頑固な人がいて、ちょっと困ってましてね」
聴き手:「はぁ、チームに頑固な人がいて、困っていらっしゃるんですね」

何も足さない、何も引かない。(ジョークです!)
相手が投げてきたメッセージを受け止め、そのまま相手に投げ返します。

これの何が良いのでしょう。
こうすることで、話し手には「次の話の行先を決める自由」が生まれるのです。

話し手:「ええ、その人は技術的には優れてて頼りにしているんですけど、発言がどうもネガティブで…。」

こんなふうに、話し手は、次の球を話したいところへ投げることができるのです。

ところが多くの場合、こうはいきません。
キャッチャーである聴き手が、相手が投げてきた球は見送り、自分がカゴから新しい球を出しては好きな方向へ投げることを始めてしまうのです。

話し手:「うちのチームになかなか頑固な人がいて、ちょっと困ってましてね」
聴き手:「えっ、それは何歳ぐらいの人ですか?」

この瞬間、この対話の主導権は「聴き手」に移ってしまいます。

この後も、聴き手は自分の知りたいことを知るために、次々質問を繰り出します。

話し手は、聴き手の関心を満たすために、あちらこちらと走りまわされる羽目になるのです。キャッチボールというよりは、さながら鬼コーチが千本ノックをしているかのごときです。

こうして聴き手に主導権を奪われた話し手はへとへとになり、もともと自分が投げるつもりだったボールを投げる気も失せてしまうのです。

知り尽くして満足した聴き手は、息が上がった話し手を見て、「こんなによく聴いてあげたのに、どうして不満げな顔なのか」と不思議に思うのです。

傾聴の目的は、「自分が知り尽くす」ことではありません。
「相手が話し尽くす」ことです。

「うんうん、なるほど。」
「〜〜と思っているんですね」
「〜〜ということを心配されているんですね」

こんなふうに、聴き手が「受け止める」ことに役割を切り替えてくれたなら、話し手には、初めて自分が話したいように話す自由が生まれます。

「そうなんですよ、それで実は…」と、自分の話したいことを邪魔されることなく、話し出すことができます。

そこで初めて、自分の問題について話しながら整理をつけることができ、今後どうしたらよいかもうっすら見えてくるものなのです。

よい聴き手になろう!と思ったら、「自分が知り尽くさなくてもよいのだ」と頭を切り替え、相手の球を受け止めることに気持ちを向けてみてください。

そうすると、相手からの「話せてよかった」という表情が引き出せるはずですよ!


前回、「聴く」ことについてお伝えしました。

今回は、「問題解決に効果的なきき方」について考えてみましょう。

「聴く」との対比として、「訊く」を挙げてみたいと思います。
「訊く」は、尋ねる、問いただすといった、事情聴取のようなきき方です。

この「聴く」と「訊く」では、問題解決の主役がまるきり逆になるのです。

「訊く」は、聞き手が主役となって問題解決を行おうとする行為です。
「聴く」は、話し手が主役となって問題解決を行うのを助ける行為です。

例えばあなたが同僚から、こんな悩みを持ちかけられたとしましょう。

同僚「うちのチームのAさんが休みがちで困ってるんだよね…」
あなた「へぇ、いつからそうなの?」
同僚「え、もう3ヶ月ぐらい繰り返しているんだけど…」
あなた「何が原因なわけ?」
同僚「う〜んおそらく…」

おそらくこのようなやりとりが行われるのではないでしょうか。

ここでのあなたの振る舞い方は、「訊く」行為です。何があったのか、いつからなのか、どうしてなのか…と矢継ぎ早に、事情を知るための質問を繰り出します。

この「訊く」を繰り返した先にあるのはいったいなんでしょうか。

それは、事情を知り尽くした上で、「じゃあこうしたら」と、答えを「あなた」自身が出すことです。

相手から情報を収集して、あなたの方法で問題を整理し、あなたの思う最適な判断を下そうとしているわけです。

しかし、ちょっと待ってください。
この問題を解決すべき主役はいったい誰でしょうか。
この問題について、一番これまで努力してきたのは誰でしょうか。

残念なことに、あなたがせっかく情報を知り尽くした上で「正しい」と思われるアドバイスをしても、かえってくる返事はこのようなものです。

あなた「じゃあ、バシッと叱ってみたらどうなの?」
同僚「うん、でも事情があってそれもなかなかできなくてね…」
あなた「こちらから朝電話してみたら?」
同僚「うん、でもそれは前にやってみたことがあるんだよね」

あなたが思う「こうしたらいいのに!」は、たいていは本人もとっくの昔に思いついています。

そして、相手がそれを口にしないのは、相手がそれを思いつかないからではなく、それを実行できない理由や上手くいかなかった過去があるからなのです。

あなたが問題を解決するんだと思っていると、このような「こうしたらどうだ」「うん、でも…」の押し問答をする羽目に陥ってしまうのです。

そしてあなたは「せっかくのアドバイスなのに素直じゃないな」と思い、同僚は「よく事情も知らないくせに簡単に言うなよ」と思うわけです。
これはその他の場合でも、職場でよく繰り広げられている光景ではありませんか?

どんなに素晴らしい解決策に思えても、相手がそれを実行できなければ何の意味もありません。

自分にとっての「正しい」解決策が、相手にとって「正しい」解決策とは限りません。
問題の当事者は相手であり、あなたが相手に代わってその解決策を実行するわけではないのです。
本人以上に、何がこの状況で最も現実的で実行可能な解決策かを知る人はいないのです。

さあ、ここで「聴く」の出番です。

相手は問題に対してただ指をくわえてきたわけではありません。解決への努力をたくさん試みてきた上で、目の前にいるのだと考えてみましょう。

そうしたら、相手のこれまでの試みの中に、解決へのヒントが埋まっているはずです。

今までどんなことを試みてきたのか。
それはうまくいったのか。
うまくいっていないとしたら、やり方を変えるとしたらどうなるのか。

これらこそ、あなたがよく「聴く」べきことです。
相手こそが問題解決の主役だと思えば、相手の中から、事態を解決に動かすアイデアを見出そうとするはずです。

一方的に「訊いて」、理想的な、でも使えないアイデアを出すより、「聴き」ながら、本当にできる解決策を創り出していきましょう!


先日、飲み会で「しまったなぁ〜」と思うことをやってしまいました。

私は趣味で社交ダンスをやっているのですが、ダンス仲間が集まった飲み会で、つい自分のペア相手への不満をみんなに対して言ってしまったのです。

「だってさぁ、この人、先生みたいに私に対して教えてくるんだよ!対等なペア相手なのに〜」といった具合です。

ペア相手の悪口は、「わかるわかる〜」「うちもね〜」と盛り上がる必須ネタといえなくもないのですが(笑)

その場にいたペア相手は苦笑いといった体で、「あっ、居心地の悪い思いさせてしまったなぁ…」と、あとでちょっぴり反省しました(でもちょっぴり)。

ただ、そういうとき、いつも「これぐらい我慢我慢…」と思っていることが、思わず口をついて出てくるので、自分でも驚くことがあります。

「言っても仕方ないか」と割り切っていたり、あきらめていたつもりのことが「ああ、やっぱり私はそれが不満だったのか〜」と改めて気づかされるのです。

こんなふうに、心の奥底に溜めている不満は、表面上うまく取り繕っているつもりでも、あるときひゅっと顔をのぞかせます。
さらに問題なのは、このような不満を放っておくと、「より極端な形で表面化する」ということです。

アサーティブであるというのは、きちんと不満や問題に対して向き合い、丁寧な対話に基づく問題解決を図る姿勢ですが、上記のような「黙っている」姿勢はパッシブと言われます。

パッシブは、そこに自分が何らかの問題や不満を感じているのにも関わらず、そのことを表明せず、黙ってやり過ごそうとする対処方法です。

もちろん、パッシブに対処することの良さもあります。
パッシブに振る舞うことで、周囲との間に波風を立てずに済みます。相手の期待に応えることで、相手からの好意や評価を手にすることもできます。

また、あらゆる不満に異議申し立てをすることがいいというものでもありません。その場の状況に応じて、自分の要求を後回しにすることが必要な場面も当然あります。

ただし、いつもパッシブでやり過ごすことを選択し続けてしまうと、その代償は知らず知らず大きなものとなります。

例えば仕事を次々と振られ、明らかに処理が難しいと感じているような場合でも、私たちはしばしば黙ってそれを引き受けがちです。

「断れるわけがない」
「できないなんて言ったら評価が下がる」
「どうせ誰も助けてはくれない」
「自分がやるしかないのだ」

…などなどの思いが、自分の中の「もうこれ以上は無理!!」という悲鳴を飲み込ませてしまいます。

その結果がどうなるかというと…

  • 引き受けたはずの仕事をまっとうできず、迷惑をかけてしまう
  • 無理を重ねた挙句、体を壊す
  • 燃え尽きて、仕事を離れる

といったより大きな問題へと姿を変えて、表面化してくるのです。

パッシブであるというのは、厳しい言い方をすれば「その都度の問題解決を先送りしている」とも言えます。
問題の芽が小さなうちに摘むことをせず、不満や無理を自分の内側に溜めに溜めてから、もっとも極端な形で周囲に対して表現しているともいえるのです。

もちろん、上司に対して、「これ以上できない」と口にするのは勇気のいる行為です。
言ってはいけないことと感じているかもしれません。

ただ、自分が責任を持ってできる範囲をきちんと示すことは、できないことを「できる」と言われるよりは、最終的には上司にとっても望ましいことのはずです。

もしそこが自分にとって大事な居場所や人間関係であるなら、疲れ切って何もできなくなったり、顔を見るのも嫌になって相手との関係を根こそぎ終わらせる前に、結果はともかく、きちんと問題を口にし、話し合う価値はあります。

私たちは自分がそう期待するほどには、自分をごまかし続けることはできません。

「無理をしている」「我慢している」を自覚したら、黙ったまま問題を大きくする前に、ぜひアサーティブな対処を取るようにしてみませんか。


前回、「限度を超えた仕事を振られてしまう」という状況を例に、黙って引き受けるのではなく、アサーティブな対処をとりませんか、ということをお伝えしました。

そうしましたところ、「伝えても全く聞く耳を持たれない、もしくはスルーされるような場合にはどうしたらよいのかが知りたい」というコメントをいただきました。

こんなふうにコメントを頂けるのは大変嬉しいです!
では、ご要望へのヒントになることを祈りつつ、アサーティブな姿勢についてさらに筆を進めてみたいと思います。

ところで「聞く耳を持たない」というのは、私たちがどう感じたときに出る態度でしょうか。

例えば「責められている」と感じたときなど、私たちはメッセージを受け止める気が起きなくなり、固く耳を閉ざしたり、背を向けてしまいたくなります。

この、「上司から限度を超えて次々と仕事を振られてしまう」という問題について、もし仮に「相手を責めている」としたら、どういう表現になるでしょうか。

ここで架空の人物、Aさんと上司のBさんに登場いただき、実際の会話として考えてみましょう。

Aさんはこれまで、Bさんから仕事を次々と振られ、ずっと無理をしながらなんとかこなしてきましたが、とうとうそのことを問題として取り上げる決意をしました。

【TAKE 1】

Aさん「Bさん、ちょっとお話があるんですけど」(※言い負かされまいと緊張)

Bさん「え、なに?」

Aさん「Bさんはずっと、私が限界だと申し上げているにも関わらず、新しい案件をあれもこれもと振ってきましたよね。現状、私の業務はオーバーフローしてますし、今後はきちんと業務量を理解いただいた上で振っていただきたいんですけど」

Bさん「は? 何甘えたことを言ってるんだ? 仕事なんだから与えられた仕事は自分の裁量でうまくやるのが当然だろう!」

(両者にらみあう…)

う〜む、これでは上司のBさんが聞こうという気になれないのも無理はなさそうです。

ここでのAさんは、「上司に無理を強いられてきた私」という被害者の立場をとり、Bさんを「正しく部下に仕事を振れないダメな人」と暗に非難しながら話をしています。

これでは、上司のBさんにとって、Aさんのメッセージを受け入れることは、すなわち「ダメと認める」「相手に屈する」こととなってしまいます。上司の立場もある以上、これは難しいことと言えそうです。

そこで、ぜひ考えていただきたいのが、この事態を発生するにあたっての「Aさん自身の責任は何か?」ということです。

Aさんは「自分はいつも一方的に上司から仕事を押し付けられているだけなのに、自分の責任なんてない!」と思うかもしれません。

しかし、本当にそうでしょうか。

無力な子どもならともかく、大人である以上、そのとききっぱりと「NO」と言うこともできたはずです。いくら上司とはいえ、部下の首に縄をつけて仕事をさせるわけにはいきません。振られた仕事をいやいやながらも「引き受ける」という形で、その事態の発生に協力していたはずです。

「そんなことを言ったら評価が落とされる」とか「仕事を失ってしまう」といった理由から、「NO」となんて言えない、と思うかもしれませんが、それも結局、それらのリスクを回避するために、実は「言わない」という選択をしていたのです。

では改めて、自分の責任をきちんと認めた上で、対話を図るとどうなるでしょう。

【TAKE 2】

Aさん「Bさん、ちょっとお話があるんですけど」(※ここで深呼吸!)

Bさん「え、なに?」

Aさん「私はこれまで、Bさんから依頼された仕事を全てお引き受けしてきました。でも実は正直なところ、キャパオーバーの状態になっているんです」

Bさん「え、だってあなたが『やります』って言うことを確認してからお願いしてきたでしょ。それなのに今更なんなの」

Aさん「そうですね、最終的にお引き受けしたのは私ですし、今更になってこのように言い出すことは申し訳なく思っています。私としても『与えられた仕事はこなしたい』と思ったので、限界と思いつつ、全てお引き受けしてきてしまいました。ただ、今の状況では一つずつの案件に目が行き届かず、何か問題が起きてしまうのではと心配しているんです」

Bさん「じゃあどうしたいの?」(※耳を傾ける姿勢が出てきました!)

Aさん「ここまで引き受けた仕事は責任を持ってやりたいと思いますので、今後発生する案件に関しては、ご相談の上、引き受けるかどうかを決めさせていただけませんか」

Bさん「う〜ん、人も少ないし、そうできるとも限らないけど…」

Aさん「ええ、そうですね。では、ひとまず、私がこのように考えていることだけご理解いただければと思います」(※ここはこのように引くべきところです)

Bさん「わかった。善処するよ」

Aさん「ありがとうございます」

いかがでしょうか。
今回は「問題状況の発生に自分も一役買ってきた」ということを明確にしていますね。

こうして責任の一端を認めることで、「相手が悪い」というバッシングの姿勢から、「お互い様」という姿勢となり、問題解決に向けた話し合いに移ることができます。

「自分を責めているのではない」とわかれば、自分を守る必要もなくなり、閉ざされていた扉は開きやすくなります。

また、相手から何が何でもその場で同意を引き出す必要はありません。自分の要求を伝えられたら、ひとまず良しとして、相手にも考える時間を持ってもらうようにしましょう。

もしかすると、すぐに状況は変わらないかもしれませんが、こうした対話姿勢の積み重ねが、「聞く耳を持つ」というゆるやかな変化をもたらすかもしれません。

さあ、あきらめず、小さなことから、対話の一歩を踏み出してみませんか!


今年も年の瀬が近づいてきましたね。
皆さん、一年間本当にお疲れ様でした!

今年も一年、さまざまなストレスにさらされながらも、心身の自己管理に努め、お仕事に臨んでこられたこと、本当に大変だったことと思います。

また来年も元気で頑張れるよう、ぜひこの年末に心のメンテナンスもしておきましょう!

私たちがストレスに対して心が折れることなく乗り切るためには、「認められる、褒められる」という経験をたっぷり重ねておくことが欠かせません。(バックナンバー第11回「ストロークは足りていますか?」もご参考に!)

一年間これだけ頑張ったんですから、誰かにそのことを認めて、褒めてもらえたら、どれほど嬉しいことでしょう。

しかし残念ながら、私たちは周囲の人を「認める、褒める」ということに慣れておらず、なかなか望むだけの「褒め言葉」を得ることができないこともままあります。

そんなときお勧めの方法が2つあります!

1つ目は、「自分から褒め言葉を求めること」です。

職場の気が置けない同僚やご家族などに、「ねぇ、今年の私は資料作りの腕が上がったとと思わない?」「今年の俺は家事を頑張ったと思うんだけど、どう?」などと聞いてみましょう。

相手は少しびっくりした顔をするでしょうが、すぐに笑顔とともに「そうだねぇ、確かによくなったよね」「そうだったね、すごくやってくれたよね」などと返してくれるでしょう。

「こちらから仕向けて褒めてもらっても意味がない」と思いますか?

いいえ、そんなことはありません。

相手も、「そういえばいいなと思っていたのに/感謝していたのに、口にしていなかった」ということがよくあるものです。

そこであなたが「嬉しいな。『また頑張ろう』という気になれたよ」と伝えたなら、相手にとっても「私の言葉でこんなに喜んでくれた!」という喜びを得ることになるのです。

2つ目は「自分に対して褒め言葉を与えること」です。

自分で自分を褒めるなんて甘いと思いますか?

いいえ、そんなことはありません。

私たちは「もっと頑張らなくては」と自分をドライブするために、「これぐらいじゃまだまだ」と自分に対する褒め言葉を節約しがちです。しかし、いつもいつも「もっと頑張れ」ばかりでは息切れしてしまいます。

「自分は今年こんなに頑張った。よくやった!」と認めてあげるほうが、「よーし、また来年も頑張るか!」という気持ちになりやすいのではありませんか?

「でも褒めることなんてないしな…」と思った方、本当にそうでしょうか?

  • 一年間、ハードワークの中、風邪の一つも引かなかった
  • 毎朝起きるのが大変なのに、欠かさずお弁当を作ってきた
  • プロジェクトが忙しい中でも、なんとか家族との時間を作ってきた
  • とてもエネルギーを使うお客様/上司/部下と、なんとかうまくやってきた

いずれも努力なくしてはできない、本当にすごいことです。
ぜひ自分の一年間を振り返り、「ここはすごい!」ということを見つけ、自分をしっかり労ってあげてください。

自分の頑張りに気づくことができれば、他者の頑張りにも気づくことができ、あなたから他の人に褒め言葉を贈ることにもつながります。

そうしてまた来年も一年、周囲の人と認め合いながら頑張っていきましょう!
良いお年をお迎えください。


1月もあっという間に過ぎようとしています。
寒い季節ですが皆さんはお風邪など召していませんか?

さて、これまで何度もこのコラムで触れてきたアサーションとは、そこに問題があることを認め、解決に向けて話し合いを行う行為です。
しかし、私たちはそこに問題があると気づいていながらも、その解決に向けた行動を起こせないことがしばしばあります。

これは、あなたが何らかの「値引き」をしているからかもしれません。
「値引き」とは交流分析の中のある考え方ですが、「問題解決に関連する情報を気が付かずに無視すること」と定義されています。

たとえば「同僚が度を外れた大きな声で雑談する」といった問題があるとします。
そのことであなたはいつもイライラして気持ちが乱され、仕事に集中するのにたくさんのエネルギーを使っています。あなたはそのたびにおおげさなため息をついてわからせようとするのですが、相手は全く気づきません。

では、ここではどんな「値引き」が行われているのでしょうか。

値引きのレベルには「1.存在」「2.重要性」「3.変化の可能性」「4.個人の能力」があります。

ところで、あなたがここで用いている問題解決の方法は「ため息をつく」です。
この件では、「ため息をつく」という代替案について、いずれかのレベルで「値引き」をしていることが考えられます。

「1.存在」の値引きをしていたとしたら、あなたはため息を繰り返した挙句、心の中でこう言います。

「だめだな。この人はどうやっても気づきやしないんだ」

あれ?そうでしょうか。本来なら、ため息をつく代わりに、同僚に直接「大きな声で話すのをやめてほしい」と伝える方法も考えられるはずですが、ここではそのあるはずの代替案の存在を無視してしまっています。

「2.重要性」を値引きしていたとしたら、あなたは心の中でこう言います。

「あの人に『やめてほしい』と言ったとしても、鈍感なあの人のことだ、どうせ何も変わらないよ」。

このレベルは、代替案の存在には気づいていますが、その行動の持つ何らかの効果の可能性を無視してしまっています。

「3.変化の可能性」を値引きしていたとしたら、あなたは心の中でこう言います。

「あの人に『やめてほしい』といえばやめてくれるかもしれない。でも、同じ職場の人間に面と向かってそんなことを言える人間なんていないよ」。

この場合、あなたは代替案が存在することと、その結果についてはわかっていますが、誰かがこの代替案を実行に移す可能性については白紙にしています。

「4.個人の能力」を値引きしていたとしたら、あなたは心の中でこう言います。

「あの人に面と向かって『やめてほしい』という方法はあるだろう。でも私にはそんな大胆なマネはとてもできない」

この場合、代替案の存在とその結果、さらに誰かがこの代替案をうまく使うかもしれないこともわかっています。
しかし、自分がそうする能力については見限っているのです。

さあ、いかがでしょうか。あなたはご自身の未解決の問題についても、上記のいずれかのレベルで「値引き」をしてはいないでしょうか?

このように、私たちが何らかの問題に対して受動的になり、行動を起こそうとしない背景には「値引き」が絡んでいるかもしれません。

値引きをすることで、問題解決に対して能動的にならずに済みますので、望ましい状態ではないにせよ、おなじみの楽な状態でいられます。

ただ、あなたが大人として本来持っている能力を総動員し、きちんと問題に向かい合って行動を起こしたなら、結果はともあれ、あなたの中に大きな自信が芽生えることは請け合いますよ!


こんにちは。
そろそろ春の兆しが感じられ、新しい季節に向かって気持ちもワクワクしてきますね。

ところで昔から「春は出会いと別れの季節」なんて言いますが、皆さんも「年度末を潮時に…」といった何らかの決断をしようとしていることがあるかもしれません。

もちろんそれが前向きな気持ちからであればよいのですが、それはもしかして「ずーっと溜めてきた不満のスタンプを景品に換える」行為ではありませんか?

私たちは何か不満を感じているとき、その原因となる問題を解決しようと試みるか、あるいは問題を先送りするか、という選択を行っています。

例えば、人材不足の中、複数のプロジェクトをマネジメントしなければならないAさんは、綱渡りの状態で毎日遅くまで頑張っていました。
ところがそんなとき、上司から「仕事の報告が遅い!」と叱られてしまいます。

Aさんは「ふざけるな!おれがどれだけ仕事を抱えているのかわかっているのか」と怒りを感じますが、「どうせあの人には言ってもわかってもらえないし…」「下手にたてつくと立場が悪くなるし…」などと考え、最後は「いいやもう」と問題解決を諦めてしまいました。

まるでその場では自分が「怒りを収めた大人」として振る舞うことができ、うまくやっているような気がしていますが、決してそうではありません。
その証拠に、そのときのことを後から思い出してはむかむかして、少しも気持ちよく過ごせていないのです。
再びその上司と顔を合わせたときも、嫌な気持ちがまた湧き起ってきます。

こんなふうにして「またあの人に嫌な思いをさせられた」「また私が譲ってやった」というような気持ちを味わうたび、私たちは心の中の「不満のスタンプ帳」にスタンプをペタッ、ペタッと押していくのです。

そうして溜めに溜めたスタンプでスタンプ帳がいっぱいになると…

そうです、「景品」と交換しようとするのです。

「もうここにいても何にもならないさ」
「私がいなくなって私の大事さに気づけばいいのよ!」

退職する、別れを突きつける、といった具合に、一切の関係を断ち切る形で、これまでの不満をすべて清算しようとするのです。

あるいは、無理に無理を重ねた挙句、ある朝ベッドから起き上がれない自分に気づく、といったような、心身の病気という形であらわれるかもしれません。

その都度その都度、問題解決を行う努力を先延ばしにした結果、あるときとても極端な形で、それまで積み重ねた問題を一気に表面化させることになってしまうのです。

これは自分自身にとって、なにより損なことと言わざるを得ません。

理想的な職場、理想的なパートナーはそうそう転がっていませんから、1つずつの問題に対して対処する姿勢を持たない限り、新しい職場やパートナーを手にしたとしても、同じことを繰り返しかねません。

アサーティブに対処するというのは、この「問題の芽が小さなうちに1つずつ対処する」という姿勢です。

これからの新しい季節を気持ちよく過ごせるように、ご自身がいつの間にか「スタンプ集め」をしていないか、心の中をそっと点検してみませんか?


さて今回は、「対等な話し合い」について考えてみたいと思います。

アサーティブな対話は、自分と相手が「対等」に話し合うことを重視します。
それは具体的にはどういうことでしょうか。

たとえばマネジャーのAさんは、チームのベテランメンバーBさんに対して、一言伝えたいことがあります。

Bさんは、技術的にはとても優れていて頼りになるのですが、話し方にずいぶんトゲがあり、Aさんは話すたびに不愉快な思いをしています。

メンバーみんなも、「Bさんとは話したくないよな」と言っており、Aさんの感じていることは自分の思い違いではなさそうです。

そんなとき、どう切り出してしまいがちかというと…

Aさん「Bさん、あなたの話し方はちょっとトゲがあるんじゃないかな…」
   (Bさんが眉をひそめたのを見て焦る)
Bさん「トゲですか。僕はそんなつもりはありませんけど」
Aさん「いやでも、みんなもBさんとは話しにくいって言ってるしね…」
Bさん「えっ、いったいそんなこと誰が言っているんですか!」

おっとっと。
Aさんは反論されたことで焦り、自分の主張を補強するために、「みんな」にご登場願ってしまいました。

言われた側としては、「自分の知らないところで自分の悪い噂が流れていたのだ」と傷つき、孤立感でいっぱいになり、攻撃的になってしまわざるを得ません。

Aさんが自分の伝えようとしていることが「正しい」のかどうかが不安になる気持ちはわかります。

「もしかして自分が敏感すぎるだけなのかもしれない」
「こんなふうに感じてしまう自分がおかしいのでは」

こんなとき、不安を払しょくしようとして、心の中で「証拠集め」をしてから話し合いに臨むのはよくありません。

「だって○○さんも、△△さんには困っているって言ってたし…」
「常識的に考えて、この人の立場ならこうしなきゃおかしいはずだ…」

こんなふうに証拠集めをした後は、必ずやその証拠を相手に突きつける対話となってしまいます。

アサーティブな対話は、相手が「有罪」であることを証明する対話ではありません。
「正しい」か「正しくないか」に基づく必要はなく、あなたが自分の感じることを大事にするなら、それで十分なのです。

Aさんは、改めて対話に臨むことにしました。

Aさん「Bさん、私にはあなたの話し方がキツく感じられることが多いんだ。言っていることは『その通りだな』と思うんけれど、言い方にトゲを感じることがあって、それで素直に受け止められなくなってしまうんだよ。」
Bさん「え、僕は別にそんなつもりはありませんけど…」
Aさん「そうなんだね。ただ私はあなたと話したあと、気持ちを落ち着けるのにすごくエネルギーを使っていたんだ。それが苦痛だったんだよ」
Bさん「そうですか…。そんなこと言われたのは初めてなのでショックです」
Aさん「そうだよね。私も今まで言わずにきて悪かったと思う。Bさんにはこれからもチームの中心メンバーとして頼りにさせてほしいし、腹を割って話がしたいと思っているから、もしよければ、これから言い方が気になったときに、それを伝えてもいいだろうか」
Bさん「わかりました。私としてもあなたに不快な思いをさせるのは不本意ですから、ぜひ教えてください」
Aさん「ありがとう。そう言ってもらえるととても気が楽になるよ。」

いかがでしょうか。
今度はAさんはBさんを攻撃的にさせることなく、自分の伝えたいことを理解してもらうことができました。

「みんなそう言っているよ」とか、「○○さんもこう言っていた」という伝え方が、自分の主張の客観性を保証するように感じていたかもしれません。

しかし、それは「その他大勢」を自分の主張の重みづけに使うことであり、1対1のはずの話し合いに、頭数をそろえて、数で押し切ることに他なりません。

50-50(フィフティ-フィフティ)の話し合いこそ、相手の心を開くことにつながります。

さあ、勇気をもって「あなた一人」で、話し合いに臨んでみませんか!


さて今回は、効果的な「問いの立て方」について考えてみたいと思います。

Aさんはマネジャーとして、△△部署の○○チームに異動して約3ヶ月経ちました。
ところが、どうもこのチームはコミュニケーションが悪く、グレーゾーンの仕事が抜け落ちていたり、お互いに聞けばすぐわかるはずのことを、各自が時間をかけて調べていたりと、まるでバラバラの仕事ぶりで、チームとして機能していないのです。

そこでAさんはメンバーを集め、チームのあり方を見直すためのミーティングを開くことにしました。

Aさんは、これまで覚えてきた当然の問題解決の手順として、このような問いを投げかけました。

「このチームがチームとして機能していないのはなぜか?」

問題の原因を明らかにしなくては、解決策も見つからない(はず)ですものね。

そうしたところ、メンバーから上がった声は・・・

「そもそも各自の業務量が多すぎますからね、手助けしたくても無理ですし…」
「そうそう、仕事量に対してリソースがそもそも少なすぎなんですよ。欠員が出たらそのまま補充されてないんですから」
「ようやく入ったメンバーはまだまだ若手で即戦力とはなってないし…」
「人の入れ替わりも激しかったから、ノウハウや教訓があまり残ってないですしね」
「サービスの中身も変更点が多いから、整理が追いつかないし…」
「部署の方針もすぐ変わりますしね。部長もあの通りの性格だから…」
「ふ〜〜〜っ(異口同音)」

Aさんは噴出したメンバーの不満と、あまりの問題の山積み状態に圧倒されてしまいました。

メンバーも一様に暗い顔つきで、「この状態を変えられるはずがない」という諦め感が漂っています。

せっかく状況を良くしたくて話し合いを持ったのに、話し合いを持ったことでなお一層、状況が悪化したかのごとくでした。

このまま話し合いを終えるわけにはいきません。
Aさんはどうしたらいいのでしょう。

そこで、Aさんには発想をガラリと変えてもらいたいのです。
「問題は放っておいても、解決は手にできる」と。

「問題点を明らかにしたなら解決策がおのずと見つかるもの」というのは、モノの不具合に対する発想です。

ヒトや組織に関する問題は、原因が一つに特定できるものではなく、複数の要因が複雑に絡まっているのが通常です。

またたとえ原因らしきものが見つかったとしても、簡単に手が打てるかというとそうではありません。

「人がいない」からといってリソースがすぐに追加できるものでもなければ、「入れ替わった」人材を元に戻すことができるわけでもなく、「部長の性格が問題だ」といったところで、部長の性格を変えられるわけもありません。

原因は複数あり、簡単にどうこうできる可能性も低く、そのように「問題」に向けて話すことがメンバーの意気消沈に輪をかけるぐらいなら、「問題」に向けて問いを立てるのをやめてみませんか。

そこで、Aさんはこう問いかけてみたらどうでしょう。
問題はさておき、「解決」が例外的にいつ起きているかを見つけてみるのです。

Aさん「うちのチームは確かに大変な状況にあることがよくわかりました。それでは、そんなうちのチームが、少しでも『チームらしくなった』ときはなかったですか?」

メンバーはお互いを見回してしばらく思案したあと、一人がこう言いました。

「う〜ん、こないだお客さんから急ぎの対応案件がきたときは、結構みんなで助け合ってなんとかしのいだよね」
「ああ、そうだね。B君の担当案件だったけどB君が不在だったから、Cさんがヘルプに入って対応したんだよね」

お、どうやらこのチーム、問題だらけというわけではなかったようです。
実はちゃんとチームとして機能している状況もあったのですね。
それではさらに、「例外はどうして起きたのか」、詳しく探ってみましょう。

Aさん「あのときは何が違ったのかな?」

「まあ、普段はみんなお互い忙しいだろうと思って遠慮して、何とか自分一人で対応しちゃおうとするから、結果的に抱え込んでることも多いんだけど、あのときは『そもそも自分一人じゃ無理!』と思ってヘルプを上げるのが早かったんだよね」
「そうそう、「助けて!」って真正面から言われたらそりゃさすがにね」
「部長でさえあのときは皆が必死なのを見て差し入れしてくれたしね(笑)」
「あの件が片付いたときは、久しぶりにみんなで飲みにもいったねぇ」
「あの後、担当者じゃなくても案件を進められるようにもなったよね」

おや、「例外」が生じる条件が見えてきただけでなく、例外の波及効果も見えてきました。

最後は、みんなが意識して「解決」を続けられるよう、メンバーの持っている「リソース(強み)」にも言及した上で、橋渡ししてあげましょう。

Aさん「そうか、皆ヘルプがあれば放っておけない優しい人たちなんだね(=リソース)。それじゃあヘルプを早く求められるようになれば、うちのチームもチームワークを発揮できるってことかな。じゃあこれからは『早めのヘルプは三文の徳』ということで、『助けて!』を口ぐせにしてみようか」

「いいですね!(異口同音)」

どうでしょうか。
少々よくできたお話にはなっていますが、ここでお伝えしたいのは「問題から取り組まずとも、解決を作り出すことはできる」ということです。

このチームは、相変わらずそれぞれの業務は多く、リソースは不足したまま、部長の性格もそのままでしょうが、チームとして機能することは増えていくことでしょう。

問題解決(Problem Solving)と解決構築(Solution Building)は別なのです。

最終的に手にしたいのが「解決」であるのなら、「問題」を掘り返すのをやめにして、 今うまくいっているところから「解決」を広げてみませんか!


さて、今回は上司の方の言葉の「影響力」について考えてみたいと思います。

職場では、ときどき上司の方がそのつもりはなくとも、部下の方に「呪い」をかけている様子を目にします。

「このままじゃあなたはリーダーとしてやっていけないよ」
「こんな調子じゃ目標達成できないぞ」

などなど。

もちろんこれらは部下に発破をかけて、奮起してほしいとの思いからでしょうが、その効果は、部下に対してその「不幸な未来」を成就させようとする方向に働きます。

「あなたはこうなるぞ」という負の宣告はしてはいけません。
その通りの未来を実現させることになるからです。

どうしてなのでしょうか。

多くの人は「現在の自分」は「過去」に規定されていると思っているかもしれません。
ですが、本当は「現在の自分」は「未来」に規定されているのです。

例えばあなたが朝の段階で、今日の定時後について思い描いたとき、「今日は残業するだろう」と思っていたら、ほぼ100%残業することになります。
「今日は定時に帰るだろう」と思っていたら、ほぼその通りになります。

もちろん予定外のことはあるかもしれませんが、多くの場合は、自分が思い描いた通りに過ごすこととなるはずです。

「残業するだろう」と思っている人は、残業時間込みで仕事を終わらせるイメージを描き、それに向けた段取りや時間配分で「現在」も行動します。

「定時で帰るだろう」と思っている人は、定時内で仕事を終わらせるイメージを描き、それに向けた段取りや時間配分で「現在」も行動します。

実はこのように「未来」が現在のあなたの振る舞い方を決めているのです。
手にしている未来イメージに向けて、私たちは現在の一歩を踏み出すわけですね。

すると未来が見えていない人や、不幸な未来しか見えていない人は、立ち止まっているか、不幸な未来に向かってまっしぐらに歩くことになるのです。

もしあなたの部下が「不幸な未来」を見せられて、「何を!そんな未来はごめんだよ!」と反発し、自分で「幸せな未来」を描き直せる方なら問題ありません。

ですが、「そうかもしれない…」と受け入れてしまう人には、呪いの効果はテキメンです。

特に権威のある方、ステータスのある方は呪力も強いですから、お気をつけください。

上司の方は、先が心配な部下がいるのでしたら、ネガティブな未来イメージではなく、ポジティブな未来イメージを描けるようにお手伝いしてあげてください。

  • 「あなたは5年後、どうなっていたいか」
  • 「期末を迎えたとき、どうなっていればいいか」
  • 「そのためになにがやれそうか」
  • 「誰が協力してくれそうか」
  • 「とりあえず何から始めるか」

などなど、手にしたい解決像をクリアにし、そのための資源(リソース)を拾い上げ、やれそうなアクションを特定する。

こんな未来予想ができればしめたものです。
部下の方はそのポジティブな未来に向けて、現在の行動をスタートさせるでしょう。

さあ、上司の方はその影響力を「幸せな未来」を描くためにフル活用してみてくださいね!


さて、アサーションでは「感情」を表現することを重視します。
そうなると出てくるのが、「怒り」を表現してもいいの? という疑問です。

怒りの感情も表現してもいいのです。
ただし、それは「ピンチ」の時に使うべきでしょう。

ピンチの時とは、自分の生きる死ぬがかかっているときや、自分の大事なものが脅かされようとしているときです。

最近世間を騒がせている野次のような、自分の尊厳が傷つけられるような言葉には、「私はその言葉に非常に傷つきますし、大変な怒りを感じます」と静かに伝えてもいいでしょう。

ただし、「相手が望み通り動いてくれない」ぐらいでは、怒りの表現に飛びつくのはいささか性急です。

たとえばある案件を一緒に分担するはずの同僚に対して、早く協力するよう要請しているにもかかわらず、「手が回らない」「もうちょっと待って」とかわされ続けてしまったとき、「あの人はこちらがこれだけ言ってもちっとも動きやしない!」と怒りの感情でいっぱいになるかもしれません。

そうなると、相手に伝える時の口調もこうなってしまいます。
「あなたにはさんざんこちらの窮状を訴えてきた。それなのにあなたは何にもしようとしない!どうなっているんですか!」

でも、こんなふうに責められれば責められるほど、人はどんどん内側に閉じこもってしまい、「逆ギレ」されてしまうこともときにあるかもしれません。

このときの感情は「怒り」でしょうが、この「怒っている」は、もともとはどんな感情だったのでしょう。

これはもしかして、「がっかりした」ではありませんか。
助けを求めたのに、断られた。待っていたのに、返事がない。
その都度味わってきた「がっかり」が度重なったことで、「怒り」につながったのではありませんか。

「悲しい」「悔しい」「がっかりする」などは、「怒り」になりやすいのです。

もしも「怒り」を感じているなら、「本当は何を感じているか」を考えてみるといいかもしれません。

「ああ、自分は今まで断られ続けたことで、がっくりきてたんだなぁ」とわかれば、怒りをもって相手を責める代わりに、より穏やかでアサーティブな対話ができるかもしれませんよ。


さて、今回は批判を受けたときの対処法についてお話ししたいと思います。

たとえば「最近あなた仕事が遅いんじゃない? 手抜いてるんじゃないの」なんて一言が上司から投げつけられたとき、あなたならどうしますか?

  1. むっとして即座に「そんなことありません!!」と答える方、
  2. 思わず「すみません気を付けます…」と答え、あとでトイレで悔し涙を流す方、
  3. その場は謝るものの、あとで上司の落ち度を見つけたときにこれみよがしにため息をついて意趣返しをしようとする方

…など、さまざまかもしれませんね。

1の対処は、批判に込められたメッセージに対して目を向ける間もなく、全力でたたき返しています。
2の対処は、自分を守る努力も手放し、傷つく必要のないことまで傷つくことになるでしょう。
3の対処は…嫌な感じですね(笑

これらはいずれも、相手からのメッセージに対してきちんと向き合っていないのです。
批判は耳の痛いことですが、耳を傾けるべきメッセージが込められていることもあります。

「あなた無神経ね」
「センスないな〜」
「向いてないんじゃないの」
こんなグサッとくる批判の言葉にも、きちんと向き合ってみましょう。

まずは「えっ……。」と一言。動揺を無理に隠す必要はありません。
心が受けた衝撃を言葉にすることで、息がつけます。

そうして一呼吸置いたあと、「そう見えましたか」と、そっと返してみましょう。

イラッとした気持ちのまま勢いで批判をしている人は多いですので、そんな人は十中八九、この一言でハッと我に返ります。

「どんなところでそう見えましたか」と具体的に聞いてみてもいいかもしれません。

その上で、理由を聞いて、自分でもその批判に対してその通りだと思ったなら
「そうですね、確かに最近少し気が抜けていたみたいです。気を付けます」
と答えればよいでしょうし、
その批判が当たっていないと思ったなら
「私はそんなつもりはありませんでした。初めての分野なので丁寧に進めていたつもりなのです」
などとあなたの考えを伝えればよいでしょう。

「受け入れる」と「受け止める」は違います。
批判はまずは「受け止め」、その上で「受け入れる」かどうかはあなたが決めればよいのです。

さあ、批判という耳の痛いメッセージにも、上手に対処して、あなたの糧にしてくださいね!


さて、お盆休みも過ぎましたが、皆様はいかがお過ごしになりましたか?

私はというと、尾瀬の山に登ってきました!

山登りの好きな両親に連れられ、普段は都会のアスファルトしか歩かない私が(笑)、往復5時間のコースに挑んできたのですが…。

登りは快調だったのですが、山を下りだしたあたりで、ふくらはぎが突如として「プルプル」しだしてきたのです。
体全体はそれほど疲れていないのですが、そこだけが辛い。

どうも私は山を登るときに、体全体を使って登るのではなく、ふくらはぎの筋肉だけで体を押し上げていたようです。

必死の思いで下りてきましたが、なんと登山後1週間経ったいまでも、筋肉痛に悩まされています(笑)。

ところでこの状態、まさに「ストレスのかけ方を間違えたなぁ〜」と思ったのでした。

ストレス学の父といわれるハンス・セリエという生理学者が、「現代社会とストレス」という著書の中で、「ストレスは『活動の等価装置』である」と述べています。

「体はどの部分も、不均衡なまま、長時間にわたって過大に働くことができない。重いスーツケースを疲れずに持ち運ぶためには、ときどき交互に持ち手を変える必要があるように、ストレスは偏った過労を防ぐのに役立つ」ということなんです。

「筋肉疲労」として現れたストレスが、「その部分を使うのをやめなさーい!」という警告となり、体の一部分の偏った酷使をやめさせるわけですね。
私の場合は、平地での筋トレだったらやめていたところが、山は登ったら下りねばならぬので、泣く泣く酷使しつづけてしまいましたが…。

セリエは「人体は、自動車のタイヤや床のじゅうたんのように、平等にまんべんなく磨耗するときに一番持ちがよい」とも述べています。
どうやら体や心の一部を使いすぎず、まんべんなく負荷をかけることが、「長持ち」の秘訣のようです。

現代は職業が高度に専門化しているために、同じ作業を根をつめて繰り返し行うということになりがちです。心も体も、特定のところばかりを使っているわけです。

ずっと一つのことに思い悩み、頭からブスブス煙が上がっている状態なら、思い切って1時間ぐらい休憩を取ったり、ほかのことをするなど「転換」を図ったほうが、元の作業もよほど効率よくことにあたれます。

心と体をまんべんなく使えるよう、ときどき「転換」を図り、自分を「長持ち」させるように生活してみてくださいね!


さて今から皆さんに3つの質問をしますので、ちょっとご一緒に考えてみてください。


1.あなたは昨日会社を出てから寝るまでの間に、どんな「プチハッピー」に出会いましたか?

「プチハッピー? そんなものなかったよ」という方も、よーく思いだしてみてください。

  • 満員電車だったけれど座ることができた
  • コンビニでお気に入りのプリンを買うことができた
  • 奥さん(旦那さん)がご飯を作ってくれた

などなど、こんな程度で構いません。


2.その「プチハッピー」をあなたはどうやって起こしたのですか?

「え、別に何にもしてないよ」と思うかもしれませんが、よーく考えてください。
きっと何かしているはずです。

  • 注意深く乗客を観察し、席を立ちそうな人の前にさりげなく移動した
  • まっすぐ家に帰らずに、コンビニに立ち寄った
  • 出されたごはんをいつも残さず食べてきた

ほら、やっていることあったでしょう?


3.では最後。それはあなたに「どんな力がある」といえますか?

  • 観察力がある
  • ぶらっとする力がある
  • ご飯を食べる力がある

「そんなのあり?」と思うかもしれませんが、ありです(笑)

さて、ご回答どうもありがとうございました。
この質問は何をしていたのかというと、みなさんの「成功の責任追及」をしたのです。

みなさんは「責任追及」と聞くと、問題を起こしたとき、失敗したときにされる「いやーな」イメージをお持ちかと思います。「なんでこんなミスしたんだ!」といった具合で、うーん、聞くだけで辛い…。

ですが、責任追及は「成功」したときこそ、ぜひやってみてほしいのです。
私たちは問題に対しては責任追及するのに、成功についてはまず責任追及しません。

問題の責任追及をするのは、たぶん「二度と起こしたくない」からですよね。

じゃあ、「成功」はどうでしょうか?
「二度でも三度でも起こしたい」ですよね。
そしたら責任を追及しておかないと!

たとえばあなたの部下が、新規案件を獲得できたとしましょう。
そうしたらすかさず「成功の責任追及」です。

「すごいね! どうやってとったの?」

部下は「たまたまですよ」とか「お客さんが良かったんですよ」と言うかもしれません。でもそこであきらめず、「でもあなたがしたことも何かあるでしょ」と、もうひと踏ん張りしてみましょう。

そうしたら「そういえば、プレゼンでいつも緊張しちゃうんで、事前に自分の説明を先輩に聞いてもらったんです」なんてことがあるかもしれません。

ここまで聞き出せたら、最後はしっかり「褒めて」ください。
「へぇ〜! 先輩に協力を依頼したのか。そうやってあなたは周りの人を巻き込める力があってすごいね!」

こうすれば、本人が知らずに使っていた「成功を起こす力」がはっきりと意識され、今後はその力を使って意図的に「成功」を起こせるようになっていくわけです。

このように、悪循環を止めるための「問題」の責任追及だけではなく、好循環を起こすための「成功」の責任追及ということもやってみてください。

キーワードは「それどうやってやったの?(How did you do it?)」です。
ぜひ口グセになるぐらい使ってみてくださいね!


私たちは毎日職場に出かけていき、いろいろな人と交流する中で、さまざまな気持ちを味わっています。

お互いに「いい仕事をしているね」という満足な気持ちになることもあれば、自分や相手の力不足を感じて不満や不安を覚えたり…という気持ちになることもあります。

交流分析ではこの気持ちを生み出すベースに「人生の基本的立場」という、自他に対する態度を想定しており、それを4つのポジションに分けています。

たとえば会議に参加したときのことを想像してみましょう。
話し合いは主張がぶつかり合って先行きが見えず、皆はぐったりしつつあります。

そんなとき、4つのポジションでの捉え方を比較するとこのようになります。

1.「I'm OK、You're OK」(自己肯定、他者肯定)

「私も他の人も完璧じゃないけれど、それぞれ価値のあることを言っている。
お互いに歩み寄れるところがあるはずだ。めげずに話し合おう」
など、お互いの不完全さを認めつつも、肯定的に受け止めているポジションです。

建設的に問題解決に取り組むことができる姿勢ともいえるでしょう。

2.「I'm OK、You're not OK」(自己肯定、他者否定)

「まったく、なんてみんな浅はかなんだ! まともに考えてるのは自分だけだ!」
「ほんと、頭かったいな! こんな奴を相手にしてたら日が暮れてもまとまらない!」
など、相手の欠点や不足が目に付き、心の中で見下しているときのポジションです。

3.「I'm not OK、You're OK」(自己否定、他者肯定)

「他の人に比べたら私の経験なんて少ないし…私が間違っているのかな。」
「さっきの専門用語、なんて意味かな。でもわかってないのは私だけかも…」
など、自分の欠点や不足が気になり、劣等感にとらわれているときのポジションです。

4.「I'm not OK、You're not OK」(自己否定、他者否定)

「どうせ話し合ったって何も変わりっこないんだよ。
僕の意見なんてたいしたもんじゃないし、みんなも好き勝手なこと言ってるだけさ。」
など、自分も相手も否定的に受け止め、虚無的・絶望的になっているときのポジションです。

この4つのポジションは固定的なものではなく、刻々と移ろっていきます。

この4つのポジションを4象限で表現したものを、牛が牧草を求めてうろうろと場所を変えていく様子になぞらえ、「OK牧場」と呼んでいます。(ガッツさんとは関係ありません!)

ところで、放っておくと私たちは「なじみ」の牧草地に足を運んでしまいます。

その立場から自他の振る舞いを眺めては、その立場に見合う証拠を集め、「ほら、やっぱりこの人はだめね」「ああ、やっぱり私はだめだ」と、その立場の正しさを証明することにいそしんでしまうのです。

建設的な時間を過ごしたいのであれば、カッとなったときや不安になったとき、「あっ、いま自分はどこのポジションにいるかな」と、心のポジションを確かめてみてください。

気づくことで、私たちはどのポジションに移るか、選択することもできます。
「I'm OK、You're OK」の牧草地が、ホームポジションになりたいものですね!


さて、みなさん、自分についていろいろと思うに任せないことは多いと思います。

たとえば、「仕事に集中するのに時間がかかる」とか、「うちに帰っていろいろやらなくてはならないことがあるのにすぐ寝てしまう」とか。
上記はどちらも私の悩みですが(笑)

そんなとき、私たちはそれをつい「私のせいだ」「自分が怠け者のせいだ」など、自分に問題があると考えて、くよくよしがちです。
そうして、「しっかりしなきゃ」と自分に発破をかけるのですが…また翌日は同じことの繰り返しで、ますます自己嫌悪に陥る。こんな悪循環を繰り返すことになりませんか?

しかし、あなたはその「問題」に困っているまさに当人なのです。
それなら、自分とはいっそのこと切り離して考えてみませんか?

たとえば「仕事のモチベーションがどうにも上がらない」という悩みだとしたら、こんな風に考えてみてください。
一枚の絵を描くとしたら、あなたという人物の「外」に、モチベーションというカタマリがふよふよ漂っているイメージです。
カタマリがかわいくなるような、目鼻をつけてみてもいいかもしれません。

そのカタマリは、いま本来の大きさより小さくしぼんでしまっています。
忙しくて十分に睡眠が取れなかった上に、仕事で失敗が続いてしまったためです。
そんなカタマリに、あなたがこんな言葉をかけたらどうなるでしょう。

「この失敗はすべて自分のせいだ。」
「自分はいつもこうだ。何をやってもうまくいかない。」
「迷惑をかけるだけだし、もうこの仕事から降りたほうがいいんじゃないか。」

これはなめくじに塩をまいているようなものです。
モチベーションのカタマリは、ますますしゅるしゅるとしぼんでいってしまうでしょう。
かわいそうですから、そんなにたたかないでやってください。

ここはひとつ、小さくしぼんでいるカタマリに、栄養を与えてあげませんか。
カタマリが元気になれそうな、言葉をかけてあげるのです。

「今回は運が悪かった面もある。責任感は大事だが、全部を背負い込むことはない。」
「自分はいままで成功させてきた仕事もたくさんある。うまくいくときも、いかないときもあるだけだ。」
「いままでずっとがんばっていたから疲れてるんだな。少し休もうか。」

どうでしょう。こんな栄養をもらったら、カタマリは少しずつ元気になって、じょじょに元の大きさに戻ってくれそうですね。

カタマリはあなたの「外」にあるものなのだとしたら、付き合い方はさまざまです。

ぐうの音も出ないぐらい、たたきまくることもできます。
小さくなろうが大きくなろうが、適度な距離を置き、放っておくこともできます。
これからも自分の相棒として助け合えるよう、手を差し伸べてあげることもできます。

自分はぐうたらだとか、集中力がないとか、問題があなたの「内」にあると思うと、あなた自身を「直したり」「とっかえ」なくてはならないかもしれません。人格の全面リニューアルは、なかなか至難の業でしょう。あなたじゃなくなっているかもしれませんね(笑)

でも、あなたの「外」にあるものなら、いくらでもお付き合いの方法はあります。
「ぐうたら」や「ぼんやり」の生態を調査して、好物は何か、苦手なものは何かを知り、対策を講ずるわけです。

徹底撲滅を図ってもいいし、手なずけてもよし。静かにお引取り願ってもいい。
むしろ仲良くなって頼りにしたり、場所を選んで大暴れしてもらってもいい。

問題は「内」に置かずに、「外」に置いてみる。
そうすることで、あなたは「問題児」ならぬ「問題人」から、「問題に取り組む人」にシフトすることができます。

この「問題の外在化」とは、ナラティブ・セラピーという心理療法の領域で用いられている考え方ですが、私たちの日常にも、非常に役に立つ(かつユーモアがあって楽しい!)考え方と思っています。

この「外」に置く発想、ぜひ取り入れてみてくださいね!!


問題を「外在化」することについて、今回も考えてみましょう。

前回は「自分」の問題に関して「外」に置く発想をお伝えしましたが、これはもちろん「他者」の問題に関しても有効です。

たとえばあなたの部下のA君は、最近どうも初歩的なミスが続き、何度注意されても直る気配がないとします。

そんなとき、「内在化」の発想だと、こうなります。

上司「なんであなたは最近こんなにミスが多いの?」
A君「すみません、気をつけているんですが…」
上司「だったら何でこんなに多いわけ? 仕事に真剣に取り組んでないんじゃないの?普通にやっていれば気づくレベルの内容だよね?」
A君「……」

うーん、こうこられると、A君としては黙り込むか、青筋を立てて言い返すか、「自分は仕事の能力がないんだ」と思ってひどく落ち込むことになってしまいそうです。

この会話は、A君の本質や性格に「問題」があると捉えている会話です。そうなると、問題をなくすには、本人の「心根」を入れ替えたり、「性格・能力」を全面的リニューアルしなければなりません。

これは大仕事であり、問題をより解決から遠ざけることになりかねません。

そこで、問題を「外在化する」という発想を採用してみましょう。

A君から「問題」をポーンと取り出し、本人の「外」に置いてみてください。
「問題」がA君の周りでうろうろし、本人に悪さを仕掛けてくるようなイメージです。

1.まずは「問題」の「生態」を調べます。

上司「A君、最近ミスが続いているけど、何が起きているのかな?」
A君「すみません、気をつけているんですが…」
上司「ふむ、あなたは気をつけているわけだね。それでも起きるのは、何か理由があると思うのだけど…?」
A君「いや〜、お恥ずかしいですが、うっかりミスとしか言いようがないです」
上司「じゃあ今起きているのは“うっかりミス”なんだね」
A君「はい」
上司「それで、どういうときに“うっかりミス”がよく起きているんだろうね?」
A君「いや〜どういうときって…それはやはり忙しくて立て込んでるときですね」
上司「うん、他には?」
A君「他は…やはり初めての案件だとヌケモレが起きやすいですね」
上司「なるほど、初めての案件だね。最近になって“うっかりミス”が増えたのもその辺が理由かな?」
A君「そうですね、最近、新しく引き継いだ案件が一気に増えましたので…」

さあ、ここまで聞くと、「問題」の正体は“うっかりミス”であり、A君が「忙しいとき」や「新しい案件を担当したとき」を狙って頻繁に出没するのだとわかりました。
最近になって急に“増殖”してきた理由も見えてきましたね。

2.次は「問題」による「被害状況調査」です。

上司「それで、“うっかりミス”は、君にどういう影響をもたらしてる?」
A君「それはもちろん、ミスの対応に追われて時間がなくなって、悪循環ですね。周りからの信頼もなくなりますし…」
上司「なるほど、”うっかりミス”があなたから本来の仕事の時間を奪い、周囲からの信頼を奪っているわけだ」
A君「はい」

さあ、こうしてきくと、A君が本来望む仕事のありかたから、「問題」によってどのように妨げられてきたのかがわかりますね。A君も、実は問題の被害者だったわけです。なお、ここまでは「問題」を主語にして話すことがポイントです。

3.最後は「対処の基本方針」の確認です。

上司「それで、あなたはこの“うっかりミス”をどう思っているの?」
A君「そりゃあなくしたいと思っていますよ。私は仕事はちゃんとやりたいですから」
上司「そうだね、それじゃあ“うっかりミス”を完全になくすことにする?」
A君「いや〜、そこまでの自信はないですが、せめて目立つミスはなくしたいです」
上司「そうだね。じゃあ“うっかりミス”が“影をひそめる”ようになるために、私たちに何ができるだろうか」
A君「そうですね、自分でももちろん気をつけますが、初めての案件については、ダブルチェックしてくれる人を一人つけていただけると助かります」
上司「わかった。検討してみるよ」

さて、いかがでしょうか。

先ほどの上司とA君は「責める人」と「責められる人」でしたが、今回は「うっかりミス」という問題に対して立ち向かう「チーム」になれましたね。

A君も、自分が「問題もち」の「困った人」なのではなく、「問題」に主体的に取り組むことを期待されているとわかり、積極的に解決策を出しています。

このように、「人」から「問題」を切り離すことは、問題に対する責任を放棄することにはなりません。むしろ「分ける」ことで、人はもっと責任を負えるようになります。

周りから見た「困った人」は、「困っている人」であることがほとんどです。

「困っている人」を責めるより、ともに問題に立ち向かうタッグを組んだほうが、よほど問題解決に役立つと思いませんか?

そのための「外在化」の発想、ぜひ取り入れてみてくださいね!


最近みなさんは、どんな感情がおなじみですか?

毎日喜びをかみしめている人もいれば、始終イライラを感じている人、なんだかうつうつとしている人、なんとなく不安感にさいなまれている人、いろいろかもしれません。

こんなにも私たちに影響を与えている感情ですが、その取り扱い方を学んでくることはあまりありませんでした。

特に私たちビジネスマンは、まるで感情がないかのように振舞うことが一種の美徳とされがちです。

  • 心血を注いだプロジェクトが中止になって「がっかり」しているのに、「よくあることだよ」と平気な顔をする
  • 上司から一方的に注意されて「悔しさ」や「怒り」を感じても、「怒るなんて大人気ないから」と、何にも感じていないフリをする
  • 自分の力ではこなしきれない仕事を与えられて「不安」や「苦痛」を感じているのに、「これぐらいできなくては」と、その気持ちを抑え込む

など、一度は身に覚えがあるのではないでしょうか。

もちろん、私たちは社会に生きている以上、社会から要請される役割にある程度は応えていく、適応の努力は欠かせません。

しかしそれが行き過ぎると、「怒り」や「不安」などの感情を持つことさえ自分に「禁じて」しまうことがあるかもしれません。

ですが、感情は私たちが生きている証であり、私たちに大切なことを教えてくれる機能でもあります。

たとえば代表的な感情には「怒り」「悲しみ」「不安」「喜び」がありますが、それらはこのようなことを教えてくれます。


1.「怒り」

怒りは、不当な仕打ちをされたという侵害感や、心身の安全が脅かされると感じたとき、あるいは自分が欲しているものが手に入らないときの感情です。

小さな怒りから激怒まで幅があり、他者に対する怒りは攻撃的行動となったり、自分に対する怒りは自己嫌悪となったりします。


2.「悲しみ」

悲しみは、大切なものを失ったという喪失感と関係する感情です。

自分の世界の中に閉じこもりがちになったり、長く続くとうつになることもあります。
力を温存し、自分をそうっとしておくことで回復を図り、他者の援助を引き出すことにもつながります。


3.「不安」

不安は、危険が迫っているという危機感と関係する感情です。

危険に立ち向かうだけの力がなかったり、周囲の手助けが得られないと認識すると、危険を避けようとする回避行動が現れます。
自分を守り、発奮し、行動的になることにもつながります。


4.「喜び」

喜びは、大切なものを手に入れたという獲得感と関係する感情です。
活動性が高まり、外向的になります。


このように感情は、自分に何が起きているかを教えてくれる機能でもあり、その後の行動にも影響を与えています。

それなのに、感情のサインを無視していては、自分が何を大事にしたいのか、自分が何を失ったのか、自分に何が迫っているのか、わからなくなってしまうかもしれません。

あるいは、制御しているつもりの感情に思わぬ形で振り回されてしまうかもしれません。

  • 抑えていたはずの怒りが、思わぬタイミングで爆発してしまう
  • モヤモヤ、うつうつを抱えているうちに、体が重くなり、だるくなる
  • 嫌だなぁと思いながらも許諾の返事をしていたところ、土壇場でひるがえしてしまう

…などなど、自分の意思とは裏腹の結果を招いてしまうかもしれません。

心の中がモヤモヤしても無視してしまうことが習慣になっている人は、まずは自分の感情を言葉に直してみましょう。

「ああ、今回のことは“がっくり”きたなぁ」とか、「あんなこと言われてあれは“悔しかった”なぁ」とか、「あ〜、この状況って“苦しい”なぁ〜」など、そのモヤモヤにぴったりの「名前」をつけてみてください。

「がっかり」も「悔しい」も「苦しい」も、あなたの感情の一部なのですから、ネガティブだからといって否定しなくてよいのです。

感情に気づくことと、表現することは別のことで、表現方法はまた学ぶ必要のあるものですが、まずは理解することが適切な対処にもつながります。

さあ、モヤモヤしたときは心の中を丁寧に見つめ、ぴったりの名前をつけてみませんか!


さて前回は、「自分の感情に気づこう」ということをお話しました。
今回は、それを「どう表現するか」ということについて触れてみたいと思います。

感情は、コミュニケーションにおいて非常に「インパクト」のあるコンテンツです。

「ロジック」は、頭での理解を促しますが、「感情」は心での納得を促します。
ですので、「感情」の抜けた説明は、受け手にとってみれば「言いたいことはわかったけど、どうも心が動かない」ということになるのです。

ですから、「感情」をコミュニケーションにきちんと含めるのは、「これまでの行動を変える」といった相手の自発性を必要とする場合に、大変効果的なやりかたなのです。

とはいえ、インパクトのある内容だけに、取り扱いには「注意」も必要です。

たとえば、こんな状況下であなたはどんなふうに感情を表現したらよいでしょうか?

あなたは短納期のPJを担当しており、部下の鈴木君にある作業を依頼していました。
何かあればすぐ相談するように言ってありましたし、進捗を聞いたときも「大丈夫です」とのことだったので、あなたは順調に進んでいるものと安心していました。
ところが中間レビューの際、予定の1/3も進んでいなかったことが明らかになったのです。

こんなとき、あなたが感情が高ぶるままに鈴木君に口を開いたとしたら…
大きく息を吸い、目を三角にして、ドカン!

「おい、なんだよこれ!!」
「もう、どうすんだよ!!」

確かにこれらの言葉にはあなたの感情がにじんでいますが、こんなふうに怒鳴りつけられた鈴木君は、すっかり萎縮してしまい、あとの言葉はとても入っていかないでしょう。

感情は、「感情的に」表現してしまうと、相手は受け止められません。
力いっぱい投げつけられた球は、相手は手に取ることができず、硬く殻を張ってひたすら身を守るか、こちらもお返しにぶつける球を探し出すことになるでしょう。

感情は、相手が受け止めやすいよう、「そっと手渡す」ようにしましょう。

先ほどのセリフに込められた感情を、改めて丁寧に言葉にしてみたらどうなるでしょう。

「おい、なんだよこれ!!」→「順調に進んでいると聞いていたので、驚いた」
「もう、どうすんだよ!!」→「このあとの進捗が間に合うか不安だ」

このように言ってもらえれば、鈴木君もあなたの気持ちを理解し、自分の状況も正直に話し、このあとのリカバーにも前向きに取り組んでくれることでしょう。

他にも、

  • 「さっきのお客様への説明、ハラハラしながら聞いていたよ」
  • 「悪いけど、午後の会議の準備で、焦っているところなんだ」
  • 「どうしてこういうことになったのか、驚いているよ」
  • 「このような状況になって、困っているんだ」

などなど、自分の心の動きを丁寧に言葉にできることは、周囲への影響力の大きいマネジャーにとって、大変な強みとなるスキルです。

感情が高まったときは、ただ溢れ出させるのではなく、名前をつけて、そっと手渡す。
こうやって、「感情」をあなたの味方につけてみてくださいね!

(バックナンバー第17回「コミュニケーションの『北風と太陽』」もご参考に!)


さて、コーチングを学んだばかりの上司の方が陥りがちな、不幸なやりとりがあります。

Aさんはコーチングにおいて、質問をして相手の意見を聞くことが重要だと認識しました。

「なるほど、確かにいつも自分からすぐ『こうしなさい』と指示を出してしまっていたな。今度はまず部下の意見を聞くようにしよう」
と思ったAさん。

果たしてAさんの会話がどうなったかというと・・・

Aさん「このお客様のリクエストに対して、どう対応したらいいと思う?」
部下「そうですね…、私としては××だと思いますけど」
Aさん「だめだめ、それだと時間がかかっちゃうでしょ」
部下「じゃあ△△では」
Aさん「それじゃコストがかかりすぎだ。よく考えて。」
部下「それだったら、○○ですかね」
Aさん「そうだよ、この場合、それしかないだろう」
部下「はあ・・・」

う〜ん、これでは部下としては、「Aさんの思う正解を言わされている」と感じるでしょう。これならよっぽど、最初から「○○でやりなさい」と指示をしてもらったほうがましなぐらいです。

コーチングで「質問」を重視するのは、問うことで相手の意識や思考を広げ、解決策を自ら導いたり、意思決定への参加を促したいからです。

ところがAさんがやったのは、「質問」ではなく、「設問」です。
「設問」は問う側に答えがある問いです。

「1たす1は?」と問う学校の先生は「2」という答えを知っていて相手に問いかけます。もし子どもが「5」と答えたなら、「そうかな…もう一度よく考えてごらん」となるわけですね。

「質問」は、わからないことを問うことです。
「この人はどう考えているんだろう?」という相手に対する興味や、「そういう考えもあったか」と、自分の考えを修正する気持ちがある上での問いかけです。

自分の中の正解と照らし合わせながら、自分の期待する答えを言わせようとするのは「設問」であり、「質問」に期待する効果からは遠ざかってしまいます。

もちろん、業務においては問う側のマネジャーや上司がなんらかの考えを持っていないということはまずないでしょう。とはいえ、上司とはいえども、いつも完璧な正解を持っているわけではないはずです。

  • 自分が知らないお客様のニーズを部下はつかんでいるのかもしれない。
  • 自分が現場にいたときとは違うことが起きているのかもしれない。
  • この部下は私の持っていない新しい視点を持っているのかも知れない。

こういう前提を持った上で、部下の考えを聞いて「考えを修正する」余白を持っていてこそ、問いかけは「質問」となりえるのではないでしょうか。

その上で、最終的な意思決定も任せられる部下に対しては「どうするかも任せるよ」と伝えておき、まだ難しい部下に対しては「あなたの考えも聞いた上で、最終的には私が意思決定するよ」ということを、あらかじめ部下との間で共有しておけばよいでしょう。

「聞かれたから答えたのに、結局上司の考えるとおりにしかならない」という事態こそ、部下のやる気を損なう結果になりかねません。

設問ではなく質問を、心がけるようにしてみてください!


たとえば講座で「傾聴」を扱うと、よくこんな声が寄せられます。

「私の部下には、話し出すと止まらず、ず〜っと話し続ける人がいます。相手の気が済むまで聴いてあげたいと思うのですが、私の仕事も進みません。いつまで聴いてあげるべきなのでしょうか」

それには私はこう答えています。
「あなたのできる範囲で、聞いてあげてください。時間を区切っていいんですよ。」

この悩みが示すことは何でしょうか。

私たちは、社会の中で生きていく以上、多かれ少なかれ他人の要求や期待に応えることが求められ、それは「責任感」や「思いやり」の現われとしても尊ばれています。

しかし、ときにはこれらの要求が際限なくあなたに降りかかってくることがあります。
あなたの能力や限界を超えて、「もっともっと」と求められてしまうのです。
そして、あなたもそれに「100%応えなければならない」と思い込んでしまうことがあるのです。

  • 自分の能力を頼りにされて依頼された仕事は、たとえ毎日持ち帰ることになろうと、全て引き受けるべきだ
  • 困っている部下の話は、自分のことを後回しにしても、いくらでも聞いてあげるべきだ
  • 自分の望む過ごし方より、常にパートナーの望む休日の過ごし方に合わせるべきだ
  • 助けを求めてくる子どもには、どこまでも援助し続けてあげるべきだ

このようになってしまうと、あなた自身の望みや大切にしたいものの優先順位は下がり、他者の期待に応えることに全てのエネルギーを使い果たしてしまいます。

最初は喜んでやっていたことが、しまいにため息をつきながら、いやいや応える義務でしかなくなってしまうかもしれません。

自分が「できる」限界は、残念ながら、他者の求める「ここまでしてほしい」ラインや、自分が自分に求める「ここまでやるべき」のラインと合致しないこともあります。

  • 期待はありがたいですが、私にも引き受けられる仕事には限界があります。
  • 30分なら時間を作ることはできます。それでよければ話を聴きますよ。
  • 今まで毎週あなたと一緒に外出をしていたけど、私には1週おきがちょうどいいんだ。
  • あなたのことは大事だけど、私にできるのはここまで。

など、自分の限界を設けましょう。

周囲から求められる要求に対して、「私ができるのはここまで」と境界線を引くのです。

もちろん一時的には、これまでのあなたとの態度の違いに、非難の声がぶつけられるかもしれません。

それでも、「自分のエネルギーや時間は有限である」ということを自分でも認め、周囲にも認めてもらうことは、長い目で見たときには両者にとって良い結果をもたらすことにつながります。

もちろん、一度引いた境界線を、あとで引き直す自由もあります。
自分のエネルギーと相談しながら、もう少し応えたい、と思えばそうすればよいのです。

これまで際限なく他者の要求に応えることが多くなっていた方。
少しずつ「限界を設定する」ことをやってみましょう!


私たちは毎朝職場にきて「おはようございます」とあいさつを交わしますが、これは何のためでしょう?

まさか文字面通りに「時間が早いですね」と確認しているわけではありません。
「いらしてますね、私も来ましたよ」と、お互いがそこにいることを認めている、存在の認知をしているわけです。

これを交流分析では「ストロークを交換した」と考えます。
ストロークという、自分を認めるボールを一回投げてもらった、とイメージしてみてください。

短い挨拶から、長いおしゃべりまで、あるいは手を振ること、会釈することといった非言語的なやりとりまで、私たちが行うどんな交流も、それはストロークの交換であるわけです。

「おはよう」といったのに、相手はあなたがそこにいないかのようにプイッと席を立ったら、あなたは大変居心地の悪い思いをするでしょう。私たちにはストロークが必要で、それが得られないと欠乏感を持ちます。

それに、あいさつは昨日したからといって今日はしなくていいかというとそういうものでもありません。

さながら体が常に水と食べ物を必要とするように、心は常にストロークを必要としています。私たちは認められることへの飢えを持っているのです。

受け取った人が気持ちいいと経験できるものをポジティブなストロークといい、受け手が痛みを経験するものをネガティブなストロークといいます。

にこっと笑顔で「おはようございます」と言ってもらえればポジティブなストロークですし、眉をひそめてきつい目つきでにらまれたらネガティブなストロークです。

ここで興味深いのは、私たちはポジティブなストロークのみを求めて、ネガティブなものを回避するかというとそうでもないのです。

相手の関心がまったく向けられないよりは、不愉快な関わりでも「ないよりはまし」というわけです。

子どもの振る舞いからしても、親に構ってもらえないと黙っていたずらをして、あとで怒られるというネガティブなストロークを引き出すことがありますね。

もちろんポジティブなストロークで満たされれば一番いいのですが、それが思うように得られない場合は、ネガティブなストロークを引き出しにかかります。

たとえば相手がこちらのことを考えずに仕事を進めているように思えるようなとき、

「ちょっと、これどうなっているんですか!」
「そんなの聞いてないよ。なんで早く言わないわけ?」

などなど、あえていざこざを生みそうな言いっぷりで口火を切ってしまうことはありませんか。

そんな入り方をすれば、相手からのムッとした表情やこちらに対しての逆襲など、ネガティブなストロークが返ってきそうなことは目に見えているのですけどね。

そうやって、本当は相手に尊重され、気持ちいいやりとりで心を満たしたかった代わりに、とげとげ、イライラする気持ちを味わって、飢えをしのいでいるのです。

ちょっと胸に手を当てて考えてみると、本当にその人と交わしたいやりとりは、「いい感じだね」とか「助かります」などの、お互いを認める言葉と笑顔だったかもしれません。

なんだか最近ネガティブなストロークの交換が多いなあと思い当った方は、本当にほしかったポジティブなストロークを、まず自分から相手に届けてみてくださいね。


さて、皆さんが責任ある職務を果たす中では、ときに相手の意に沿わない決定を伝えなければならないことも生じます。

たとえば、

  • プロジェクトが中止になったことを関係者に伝えなければならない
  • 希望する部署への配属や、昇進が叶わなかったことを伝えなければならない
  • これまでその人に提供してきた支援制度の打ち切りを伝えなければならない

などなど、伝えたときの相手の怒りや悲しみを思うと、胃が痛むようなことを、あなたの口から言わなければならないことがあるでしょう。

たとえば、上記の「プロジェクト中止の決定を関係者に伝える」という件で、やりとりを再現してみましょう。

Aさんはある開発プロジェクトを推進してきたプロマネで、Bさんは外部の共同開発者で、これまで何年もかけて共に開発を進めてきた間柄です。

【TAKE1】

Aさん「突然の話で恐縮ですが、○○の開発について、会社の方針で中止することになりました。」(つい目をそらしながら)
Bさん「え〜?!どうしてですか?!」
Aさん「ええ、社内で予算の見直しがありまして、採算の見込めないPJを中止することが会社の方針として決定しまして…」(相手が感情的になりそうなので、努めて冷静に返そうとする)
Bさん「そんな…あなたはそれでいいんですか?!」(Aさんが事務的なのでますます苛立つ)
Aさん「ええ、会社の方針の決定でして…どうぞご理解ください」(目を泳がせて)
Bさん「信じられない!」(いたたまれない空気…)

…いかがでしょうか。Bさんは憤懣やるかたなく、Aさんは自分に向かってきそうなBさんの怒りをそらすべく、「会社の方針」という言い分を繰り返すのみとなってしまいました。

確かにBさんがなんと言おうとも、決定事項は覆すことはできませんし、受け入れてもらうしかない話し合いではあります。

しかし、これまで心血を注いで取り組んできたBさんの気持ちはどうなるのでしょうか。一方的にPJを打ち切られた形のBさんは、これからAさんと共に仕事をしたいとは思わないかもしれません。

なんとかこの会話を、思いやりのある、心の通う対話にできないでしょうか。

先ほどのAさんは、Bさんの激しい感情が示されそうなことを不安に感じ、急いでそらそうとしてしまいました。

しかし、Bさんがこのことに驚きや怒りを覚えるのは無理もない、もっともなことではありませんか?

それでしたら、相手の感情を慌てて封じたり、もみ消したりしようとせず、相手の感情に耳を傾け、真正面から受け止めるようにしてみましょう。

【TAKE2】

Aさん「Bさん、大変申し上げにくいお話なのですが…(一呼吸置く)、○○の開発について、会社の方針で中止することになりました。」(まっすぐ相手を見て)
Bさん「え〜?!どうしてですか?!」
Aさん「(うなずいて)驚かれるのももっともです(相手の感情を受け止める)。私も突然のことでいまだショックです。ただ、社内で予算の見直しがあり、本PJは採算が見込めないということで、中止が決定となったのです。」
Bさん「そんな…ここで本当に終わりなんですか?」(怒りより悲しみのトーンに)
Aさん「ええ、私も非常に残念です(感情)。今までBさんには長らくご尽力いただいてきましたのに、このようなことになってしまい、本当に心苦しい限りです(感情)。ただ、私としては、ぜひBさんとは今後ともお仕事をさせていただきたいですし、これまでの開発で得たことは何らかの形で活かしたいと思っています。」
Bさん「そうですね…わかりました。今回の決定は非常に残念ですが、また次の形を検討していきましょう。」
Aさん「ありがとうございます。ご理解感謝します。」

いかがでしょうか。
相手の感情をまっすぐ「受け止め」、自分の感情もはっきりと言葉にしていくことで、先ほどの「会社の方針」一辺倒の話より、ずっと心の通う対話にすることができました。

言いにくいことほど、なんとか相手にすんなり受け取ってもらおうと、相手の感情を打ち消すように話をしてしまいがちですが、人間ですから感情が伴うのは当然です。

ハッピーエンドにはならない話であっても、こうして相手に思いやりを示すことはできます。

口にするのが辛い話ほど「相手の感情を受け止める」ことを心がけてみてくださいね。


さて、今回は相手からの「お誘いを断る」ときの方法について考えてみたいと思います。

Aさんはチームの中堅として働くメンバーです。
プロジェクトの山場を越えたある日の夕方、同じチームの先輩Bさんがみんなに「今日飲み行かないか」と声をかけています。
いつもこういうときは誘われるままに参加するAさんですが、「今日は早く帰ろう」と朝から思っていたので、勇気を出して断ることにしました。

そしてBさんが自分のところにお誘いに来ました。

【TAKE1】

Bさん「Aさん、今日は山場を越えたことだし、みんなで飲みにいかないか?」
Aさん「あ〜…すみません、今日はちょっと…」
Bさん「…そうか、わかった、また今度な!」

ふだん「断る」ということをなかなかしないAさんは、こんなとき何と言っていいかわからず、思わず「今日はちょっと…」と言葉を濁すだけとなってしまいました。

これでも十分「今日は行かない」という意志は伝わります。
しかし、Bさんとしては「誘ったのは迷惑だったんだろうか」「なんだか取りつく島がないな…」と思ったかもしれません。

どうして「今日はちょっと」なのか、Aさんはもう少しオープンになるほうがよさそうですね。

【TAKE2】

Bさん「Aさん、今日は山場を越えたことだし、みんなで飲みにいかないか?」
Aさん「あ〜…すみません、子どもに『早く帰る』って言っちゃってまして…」
Bさん「…あっ、そりゃそうだよな、悪い悪い!」

さて、今回は先ほどよりも「取りつく島」もでてきましたね。
しかし、このような「事情」を知ったBさんは、「小さい子どもがいるのに誘ってしまって、無神経だったかな」「これからも誘わないほうがいいのだろうか」と、今後の行動に迷いが出るような気がしました。
Aさんも、なにやら子どもをダシに使ってしまったような気もしました。

「断ること」そのものは、さまざまな事情を持ち出せば、納得してもらうのにそう難しいことはありません。

  • お金がないから
  • 疲れているから
  • 別の予定が入っているから
  • 家事が溜まっているから

しかし、ちょっと考えてみてください。
これらの事情があろうとも、行く人は行きますよね?

また、相手が強引な場合、これらの「事情」だけだと押し切られることもあります。
(「金なら貸してやる!」とか「飲めば元気になる!」とか 笑)

それらの事情はもちろんあるにせよ、「行かない」ことを決めているのはあなたです。
そこで「事情」を盾にせず、その「事情」に基づき「あなたはどう思っているのか」、「あなたの気持ち」を添えてみてください。

【TAKE3】

Bさん「Aさん、今日は山場を越えたことだし、みんなで飲みにいかないか?」
Aさん「あ〜…、すみません、行きたいのはやまやまなんですが、子どもが家で待ってまして、しばらく帰りが遅かったので、今日は早く帰ってあげたいんです」
Bさん「おお、そうか、そうだよな」
Aさん「遅い日が続いたあとじゃなきゃ行きますから、また次のとき誘ってください」
Bさん「おお、もちろん!」

さあ、いかがでしょうか。
「事情」だけでなく、「あなたの気持ち」が見えたことで、Bさんは「Aさんが決めたことなのだ」とわかり、先ほどのような誘ってしまったことを気に病む必要はなくなりました。

何より、あなたとしても、「家族をダシに使った」のではなく、自分で選択しているのだというすがすがしさを感じたのではないでしょうか?

また、今回のお誘いは断るけれども、次への提案をすることで、「誘われること自体は歓迎」ということも自分から伝えることができました。

断ることは、すべて「NO」なのではなく、自分で「YES」の範囲を決めることです。

さあ、「自分の気持ち」を添えることを忘れずに、「断る」ということも、あなたの人生の選択肢に入れてみてくださいね!


さてお盆も過ぎ、多くの方は夏休みをもう取得されたところでしょうか。

ところで、お休みの最中、皆さんは「仕事のことを頭から切り離す」ことはできていましたか?

実は私、これ苦手なのです。油断するとすぐモヤモヤと「う〜、これからあの件はどうやって進めていこう…」などと、休みの日でも考え出してしまうのです。

皆さんも、ご飯を食べながらとか、布団に入ったときなど、職場を離れたあとも、仕事のモヤモヤがぐいぐいと頭を占領してくること、ありませんか?

しかしこのモヤモヤに頭を占領されるままにしておくのはよくありません。

仕事のストレスや疲労の回復には、物理的に職場から離れるだけでなく、心理的にも仕事から離れることが重要と言われています。(「サイコロジカル・ディタッチメント(Psychological detachment/心理的距離)」)

ある実験では、帰宅後の「翌日の仕事への不安」が高ければ高いほど、その夜の深い睡眠が少なくなることがわかっています(※)。

つまり、職場を離れても仕事のことばかり考えていると、同じ休みを取っていても、疲労が回復されにくくなってしまうのです。

「マインドフルネス」という考え方でもいわれていることですが、「心ここにあらず」の状態、つまり先の心配や過去の後悔にとらわれている心の状態は、ストレスを引きずりやすいのです。

しかもなぜか、手を動かしていなくとも、心配をしている分だけ、仕事をしているような錯覚を持ってしまいます(笑)

カラダは自宅にいるのにココロは職場にいる、これでは確かにリフレッシュは望めそうもありませんね。

「休む」ことにネガティブなイメージを持っている人も多いですが、しっかりOFFを取ることは、ONの集中力や生産性を高めることにもなるのです。

「仕事のことを考えないこともリフレッシュのうち」と思って、目の前のことに集中してみてください。

お子さんがいる方は、お子さんと一生懸命遊ぶのも一つです。
スポーツで汗を流すのも、好きな趣味に没頭するのもいいですね。

形だけでなく、心もしっかりとOFFになるよう、切り替えを図ってみてください!

(※参考文献『ポジティブ・オフ〜休みを活かした疲労マネジメント』久保 智英/中央労働災害防止協会「心とからだのオアシス」2015夏

(第20回「ストレスに効く休暇法」もご参考に!)


さて、前々回、相手からの誘いを断るやりかたをお伝えしました。

しかし、誘いを断るのは難しいものです。
店員さんのお勧めでさえ、「せっかくこんなに丁寧に接客してくれたのに、何も買わずに出ては申し訳ない」と、そこまで気に入っていない服を買ったことはありませんか?(私はけっこうあります)

自分にとって重要な他者との間ではなおさら断りにくいものです。

好かれたい相手、いい関係を築きたい相手との間でほど、相手の意に反する意思表示がしにくくなります。

その結果、「断って気まずくなるぐらいなら…」と、「本当はあまり気乗りしていないのだけど、相手に合わせる」ことでその葛藤をやり過ごしてしまうことは少なくありません。

しかし、相手から誘われたり、提案されるままに「YES」を繰り返してしまうと、気づいたら相手の考えに合わせるばかりになり、自分が大切にしたいものをないがしろにしてしまっていることがあります。

  • 誘われるままに飲みに行っていたら、予定していた貯金ができなくなってしまった
  • 同僚から「これもやってくれる?」と言われるままに引き受けていたら、自分だけ残業が当たり前になっていた
  • じっくり考えて決めたいことを、せかされるまま相手のペースで決めてしまった

結果、

  • 態度をよそよそしくして、その人自体を遠ざけ、これまでの関係に終止符をうつ
  • できないことまで引き受けたうえで、全部抱え込んで倒れる
  • 一度は承諾したことを、直前になって翻したり、体調などのせいにして断る行動をとってしまう

…といった形で、「NO」と言えなかった代償を、より極端な形で清算してしまうことにもなりかねません。

そうならないためにも、相手の望みと同じぐらい、あなたの望みも大事にしていいのだ、とまず考えましょう。

  • 飲んで楽しむ時間も大切だが、お金も大切だ
  • あなたの時間も大切だが、私の時間も同じだけ大切だ
  • あなたの都合も大事だが、私の都合も大事なのだ

また、私たちには考えを変える自由もあります。
これまで相手を優先してきたからといって、それを急に変えるのはおかしいのでは?と思うかもしれませんが、そんなことはありません。

「今まで私はあなたの要望に、自分がそうしたいから全て合わせてきた。でもいまは負担に感じている。これからは断ることもしようと思う。」

こんなふうに、自分の責任でそうしてきたこと、でもこれからは変えたいことを伝えればよいのです。

無理をしてすべてを「YES」で通すことや、「NO」と言わない代わりに、ぎりぎりまで我慢したあげく、最後に相手との関係を根こそぎ絶って清算する方法ばかりが選択肢ではありません。

相手とよりよい関係を築くために、「NO」を伝えることを選択肢に入れてみませんか。


さて、私たちはつい出やすい言葉や、つい出やすい行動があるように、つい出やすい感情を持っています。

たとえばお客様と交渉をしている途中、お互いの言い分がぶつかり、緊迫した状況になったとします。

すると、そのときの感じ方は人それぞれです。

「なんて自分勝手なことばかり言い立てるんだ!」と怒りを覚える人もいれば、「もっと準備しておけばよかったのに、私はなんてバカなんだ」と後悔を感じる人、「これだから人と交渉するのはいやなんだ…」と憂うつを感じる人もいるでしょう。

このようなストレスを感じる状況で、あなたがいつもの「おなじみの」感情に浸ったとしたら、交流分析でいうところの「ラケット感情」かもしれません。

このラケット感情とは、「いろいろなストレス状況で経験される、なじみ深い感情であり、子ども時代に学習されたもので、成人の問題解決の手段としては不適切なもの」です。

つまり「あなたはすぐ腹を立てる」と言われやすいとしたら、それがあなたのラケット感情である可能性が高いわけです。

このラケット感情にはいくつかの特徴があります。

1つには「問題解決の役に立たない」ということです。

上記の例でいけば、今ここで怒りに任せてお客様と怒鳴りあいをしたところで、あるいは後悔の念に浸って暗い顔をしてみせたところで、お客様との交渉がスムーズに進むとは考えにくいですね。

また1つには「自分自身への非生産的な口実となる」という点もあります。

「これだから人と交渉するのはいやなんだ…」と憂うつに浸ることに時間を使うことで、本来考えるべき「どうやってこの交渉をうまく進めるか」ということに取り組まずに済ませているわけです。

このような、ためにならない、不快な感情を繰り返し味わっているとすれば、それは見直してみる価値はありそうです。

私たちは、おなじみの感情に身を任せ続けることも、そこから決断して身を起こすこともできます。

おなじみの感情がまたやってきたことに気づいたら、あなたの中の「大人」の部分にスイッチを入れてみましょう。

「この怒りは/後悔は/憂うつは、私の役に立っているだろうか?」と考えてみるのです。

すると、「これはうまくないな」と気づいて、「それよりまずお互いの言い分を整理することが先だ」などとエネルギーが問題解決に向けられ、感情の波がスーっと引いていくことになるでしょう。

あなたの「おなじみ」の感情、長い付き合いかもしれませんが、少ーし距離をとりつつ、うまくお付き合いしていきましょう!


ところで、みなさんは大事な商談やプレゼンなどの「ここぞ!」というプレッシャーのかかる場面で、どのように緊張をコントロールしていますか?

そんなときにお勧めなのは、「緊張を無理に抑えようとせず、今起きていることを受け入れる」やり方です。

たとえばコーチングをスポーツ領域で発展させたティモシー・ゴールウェイという人が、「インナーゲーム」という本で、パフォーマンスを発揮する方法を教示しています。

ゴールウェイは、競技者の外側の世界で実際に行われるアウターゲームに対して、競技者の心中で行われるもうひとつの勝負のことを「インナーゲーム」と呼び、このインナーゲームに勝つことが、勝負場面で力を発揮する上で必要だと提唱しました。

ゴールウェイは、心の中に、セルフ1とセルフ2という2人の自分を見出しています。

  • セルフ1は自分に非難を加えたり、あれこれ指図してくる自分
    (「もっとしっかりやれ」「集中しろ」「間違えてはいけない」など)
  • セルフ2はセルフ1から命令される側であり、実際のプレーを行う自分

このセルフ1がセルフ2の妨害を始めると、セルフ2が持っている潜在能力が邪魔され、のびのびとプレーすることができなくなってしまうというわけです。

セルフ1「ああ、だめだめ、そこはもっとこうしないと!」
セルフ2「こうかな、こうかな、ああ、全然うまくいかないよ!」

…という、親子間でよく交わされそうな会話が、実は自分の心の中で起きているのですね。

本来はセルフ2は物事をうまくやり遂げる力を持っているにもかかわらず、ついつい心配したセルフ1が口出ししてしまうため、力みが生じ、かえってうまくできなくなってしまうのです。

ではどうやってセルフ1に妨害をさせないかというと、「受動的注意集中」のスタンスが役立ちます。

これは、「現在、この場所で起こっている事態」に集中することです。
善し悪しの判断を加えずに、「いま何が起きているか」に注意を注ぐスタンスです。

ですので、心の声としてみれば、
「それじゃダメだ(判断)、こうしなさい(命令)」ではなく、
「こうなっているな、ああなっているな」と瞬間瞬間を知覚していきます。

たとえばプレゼンを控えた場面なら、
「緊張しちゃダメだ、不安がるな、集中しろ!!」ではなく、
「私はいま緊張しているな、うまく話せないんじゃないか…と不安に思っているな」
という知覚のあり方です。

このやり方は、実は私もよく講座中に実践しています。
「今日は人数が多くて緊張するな…」などというときは、自分の身体がいまどうなっているかをただ観察していきます。

「口調は…ちょっと速いな、目線は…きょろきょろしているかな、手は…握り締めているぞ」など、こんな感じです。頭の先からつま先まで、スキャンしていくかのようなイメージです。

こんなふうに、いま起きていることを知覚できると、不思議と落ち着きを取り戻していくことができます。セルフ2は、命令などされずとも、今の状態に「気づき」さえすれば、自動的に修正していく能力も持っているのです。

「コントロールを手放す」ことが、かえって今やるべきことへの集中を促すという不思議な話です。スポーツをなさっている方は、なんとなく実感としてあるかもしれませんね。

これは最近注目度が高まっている「マインドフルネス」とも共通する考え方です。

ここぞというとき、準備してきた力をいかんなく発揮できるように、ぜひ「批判せずに受け入れる」、試してみてくださいね!


さて、「怒り」の感情は、私たちにとって扱いが難しい感情です。

自分が怒りに突き動かされているときは、自分でそのエネルギーを持て余してしまいます。

「さっきの言い方はひどいじゃないか、いくら上司だからってあんまりだ、大体自分がどれほどの人間だというのか、あの人はいつもこうだ、こないだだって…」など、頭の中は恨みつらみの言葉で溢れ、知らず知らずこぶしを握りしめ、眉間にしわが寄ってしまいます。

目の前の仕事に集中したくても、オフの時間をゆっくり楽しみたくても、さっと怒りがあなたの心を覆い、あなたが本来したいことから違う方向へ、無理やり目を向けさせるかのようです。

他人が怒っているときも、どうしていいかわからなくなります。
「何をされるかわからない」という恐怖や、「怒らせてしまった」という罪悪感、「そんなに怒らなくていいのになんだよ」という怒りなど、あなた自身の感情も揺さぶります。

こんなふうに、「怒り」という感情の強烈さに、手の出し方がわからなくなってしまうのです。

そこで、ぜひ一つ皆さんに知っておいていただきたいのは、「怒りは二次的な感情である」ということです。

怒りは、他の感情が溜まったときや、他の感情をごまかすために、便利に使い回されてしまう感情です。

たとえば…

  • こどもの帰りが遅いことを「心配」して「心配」して、やっと帰ってきたとき…
  • 同僚に「今度こそやってほしい」と依頼していたのに、やはりやってくれず、ひどく「がっかり」したとき…
  • 部下からの事前説明が足らず、お客様に聞かれて答えられなくて「恥ずかしい」思いをしたとき…
  • 友人や家族から、自分で気にしていることを言われて、ぐさっと「傷ついた」とき…

どうでしょう、全て「怒り」につながりませんか?

もともとは、「心配」や「がっかり」、「恥ずかしい」や「傷ついた」という気持ちだったのに、それは容易に「怒り」に転じてしまいます。

また、特に男性は、「怒っている」=「強い」、「悲しい、心配、傷ついたetc.」=「弱い、女々しい」といった社会的なイメージから、「怒り」の表現を選びやすいのです。「怒っておけば格好がつく」というわけですね。

そこで、「怒り」が覆っている、もともとの感情を探してみてください。「怒り」以外の感情を見出すと、その人の「interest(関心)」にアクセスしやすくなります。つまり、そこに満たされるのを待っているニーズがあるはずなのです。

自分の「怒り」に翻弄されそうなときは、「私はなんでこんなに怒っているんだろう」と、少し立ち止まって考えてみてください。
すると、「ああ、私は不安だったんだな」とか、「あの言葉に傷ついていたんだな」など、気づくことがあるかもしれません。

同じく、他人の「怒り」に振り回されそうなときは、「この人の『怒り』には、どんな感情が隠れているんだろう」と考えてみてください。
すると、「ああ、心配してたんだな」「そうか、がっかりさせてしまったんだな」と気づくことがあるかもしれません。

怒り以外の感情に気づけたら、解決に向けてコミュニケーションが図りやすくなります。

「私はこれまでの経緯を聞いてとても不安になったよ。このあとどうなるかきちんと説明してくれ」
「私はあの結果がとても悔しかった。次はこうならないようにしっかり準備しようよ」

「ご心配おかけしました。ただ、予定通り進んでいますのでご安心ください」
「がっかりさせてごめんね。でもやっぱりその期待に応えるのは難しいよ」

などなど、怒りの後ろに隠された、本来の感情を言葉にする/本来の感情に応えることで、建設的な対話が生まれやすくなります。

さあ、これからは「怒り」のエネルギーにおびえる前に、「その怒りにはどんな感情が隠れているんだろう?」を探してみてください!


さて、新年も明けてはや一ヶ月が経とうとしています。
年始に「今年こそは毎日走るぞ!」とか、一年の計を立てられた方も多いのではないでしょうか。

では、あなたはそれを実行に移しましたか?

そう聞かれると「うっ」と下を向いてしまった方がいらっしゃるかもしれません。

いろいろご事情もおありでしょう。
特に個人的なことだと、やっぱり先延ばしにしてしまうのが人間です。

だからこそ、コーチングでは目標は「低く」設定しようとします。

とても立派だけど、立派すぎてやれない目標は、設定するだけムダです。
行動を促す「よく設計された目標」は、「必ずできる小さな目標」です。

心の中で一緒にやってみてください。

Q.あなたが手に入れたい、理想の状態はどんな状態ですか?
  • ダイエットに成功して、身も心も軽く、何を着ても似合う。鏡を見るのが楽しみ。
  • 英語が身について、会議も余裕でこなしている。冗談を言って笑いあえるぐらい。

これは、「解決像」と呼ばれるものであり、「行き先」です。
「目標」とはちょっと分けて考えてみてください。
せっかくの行き先ですから、なるべくわくわくするようなイメージを描きましょう。

Q. 理想を実現した状態を「10」として、最悪の状態が「0」だとします。あなたの現在は何点ですか?

5点? あら、そんなに悪くないじゃないですか。
2点? 2点もある。0じゃなくて2である今は、何が2点分違うんでしょう。
0点? すばらしい。これ以上悪くなりようがありません(笑)

Q. ではその点数を、「1点」上げるために何ができますか?

「毎日走る」…うーん、それは5点分ぐらいのアクションじゃないですか。もうちょっと低くしましょうよ。
「毎朝、駅まで歩く」…うん、2点分ぐらいになってきました。
「ビールをロング缶から350mlに変える」…いいですね!これぞ1点。これなら続きそう。

はい、こちらが「目標」です。
到達したことがわかるもので、解決像に向けた「最初の一歩」です。
最初の一歩どころか、0.5歩ぐらいに思える「低さ」です。

でも、これなら必ずできますよね。

そして「1点分」のはずのアクションは、実は1点分の効果にとどまらないかもしれません。

あなたが350ml缶に変えたことを見た家族が、あなたのダイエットへの決意を知り、ヘルシーメニューを作ってくれるかもしれません。
それに励まされたあなたは、足を伸ばして遠くの公園を散歩することもやってみようと思うかもしれません。
池の周りを走るランナーを見て、軽く1周だけ走ってみるかもしれません。
足は痛みましたが、久しぶりに体を動かした爽快感を感じるかもしれません。
来週末、今度はジャージを着て公園に行くかもしれません…。

小さな変化は、大きな変化を引き起こします。
ドミノ倒しのように、最初の一つを倒すことが、大きな変化を引き起こす可能性を秘めています。

というわけで、年始に立てた目標が高すぎた皆様は、ぜひ「必ずできる小さな目標」に立て直すことをお勧めします。

いっぺんに「あれもこれもやらなきゃ」とか「やるからにはパーフェクトに」と思いがちなあなたは、「小さな目標」をぜひ取り入れてみてくださいね!


みなさんは「自己成就予言」という言葉を知っていますか?

「このようになるのでは…」という未来への予言が、実際にそうなるような行動を無意識にとらせてしまい、結果的に予言したとおりの状況を現実に作り出してしまうことを言います。

恋愛中の多くの男女はこの「自己成就予言」によって、実るはずの恋愛も壊してしまっていること、よくありますよね。

「私のこと、本当は好きじゃないんでしょ」としつこく確認したり、すねてみせたりして、最初は「そんなことないよ、ちゃんと好きだよ」と言っていた相手も、最後はとうとう嫌気が差して「ああそうだよ、好きじゃないよ!」と言わせてしまうという…(涙)

消費行動などでもそうです。「モノが無くなる!」といううわさが立ったため、皆がいっせいにスーパーに買いに走り、本当に無くなる…ということも私たちは経験済みです。

こんなふうに、私たちは、口にしている「言葉」に影響されて、それが「現実」となるように動いていってしまうものです。

それだったら、ネガティブな予言より、ポジティブな予言をしたほうがいいですよね。

自分に対しても、他者に対しても、ポジティブな未来を成就させるように、予言してみませんか。

新入社員を迎える時期なら、「いや〜今年の新入社員はいいね!」と、(まだなんの実績もないですけど)じゃんじゃん吹聴してみましょう。

回りまわってその言葉を耳にした新入社員は、「わぉ、期待されてる!」と思って、それはほんとうに頑張ってくれ、期待通りの「いい」感じになってくれるはずです。

皆さんご自身に対してもそうです。

初めて手がけることになった仕事に「ああ不安だなぁ…、うまくいきそうもないよ」と、頭の中が失敗のイメージで溢れてしまうようなこともあるでしょう。

そうなると途中で何らかの困難に出くわしたとき、「ああ、やっぱりうまくいかない!」と落ち込み、どんどん行動が縮こまってしまい、結果的に失敗を引き寄せてしまうかもしれません。

ですので、その仕事をうまくやり遂げたいなら、「ま、でも最後は自分はうまくやり遂げるだろう」と、(あまり根拠はないですけど)心の中で予言してみましょう。

そうすれば途中で困難に出くわしたとしても、「まぁ最後は成功するからね」と気楽に構えられ、ひるまず行動を続けることができ、結果的には成功を引き寄せていくものです。

「描いたほうに向かって動いていく」、この私たちの性質を、ぜひいい形で活かしてみませんか!


さて、今回は「適応」ということについて考えてみたいと思います。

心理学では「環境の変化に応じて自らを変化させていく」ことを「適応」と呼びます。

たとえば新入社員なら、「学生」という環境から「社会」という環境に身を置くようになることで、これまでの夜型生活から朝型生活へ切り替えていったり、今までなら「わるいね!」と言っていたところを「誠に恐れ入ります」と言ったりするように自分を変えていきます。

こんなふうに「この環境ではこういう振る舞い方をすべき」という要請にうまく応えられれば「適応」ができたことになりますし、そうでないときには諸問題が生じます。

うまく適応できない場合、それは環境に問題がある場合もあれば、本人に問題がある場合もあります。

本人に問題があるとは、つまり置かれている環境に適応するだけの対処スキルをまだ獲得できていない、ということです。

「〜〜だよね?」と“タメ口”を先輩にも構わず使ってしまう、みんなが納期に追われているときも「私の分の仕事は終わりましたから」とばかりに一声もかけずに帰ってしまう、といった感じです。

うまく適応できていないと、周囲からは「なんだアイツは」という目で見られたりして、本人も居心地が良くないですから、不満やゆううつ感が高まり、最終的にはその環境からドロップアウトしてしまうことにもつながります。
これは「不適応」という問題です。

この場合は、「組織の中でうまくやっていく上では、ちょっと自分も変わらなきゃなんだな」ということを理解・学習していくことが必要です。自分の主義主張も大事だけれども、周りを見て、少しは引っ込めたり合わせたり…ということを覚えていく(=対処スキルを身につける)ことで、適応できていくわけです。

一方で、環境に問題がある場合とは、それはどんな人でもうまく適応できないような過酷な環境である、ということです。

「毎日15時間働け」とか、「どんな理不尽な扱いをされても黙っていろ」とか、これではどんな人がそこに身を置いたとしても心身を壊してしまいます。
この場合は、環境が変わる、あるいは個人としてはそのような環境からは身を離す必要があるでしょう。

ところがこんな状況下にもかかわらず、とにかく耐え忍び続けてしまったり、あるいは「そこそこ力を抜いて応じる」ということができずに、100%、120%の力で環境の求めに応えようとしてしまったりすると、いずれ心身の調子を崩してしまうのです。

またはたとえ環境的には通常の範囲であったとしても、「成果を完璧に挙げなければ」「周囲の期待に完璧に応えなければ」と考えやすい人だと、自分で自分を追い込んでしまい、やはり同じ事態に至ります。

これらは「過剰適応」、つまりやりすぎ、という問題です。

こんなふうに、私たちがある環境下で居心地よく、長く健康に過ごすためには、「まったく合わせない(私は私のやり方でいく)」でもダメですし、「合わせすぎる(自分を押し殺す、頑張りすぎ)」でもダメ、「適度に合わせていく」というバランス感覚が重要になるわけです。

皆さんはいま、どんなバランスで立っているでしょうか?

これから新社会人を迎える季節です。
新しい環境では、「いいバランス」を見つけるまでは試行錯誤が必要です。
ちょっとバランス感覚が悪い人がいても、徐々にいいバランスを見出していくものですから、温かい目で見守ってあげてくださいね!


部下や知人から相談を受けたときなど、あなたはどのように振る舞っているでしょうか。

たとえば新入社員から「辞めたい」という相談が持ち込まれたとします。
当然あなたは驚き、なんとか思いとどまってもらいたいがために、「まだ早いんじゃないか」とか「せめて3年は一つの職場で頑張るべきだ」などと説得しようとするかもしれません。

すると相手は「わかりました、もう少し考えてみます」とは言ったものの、それからは何を聞いても「大丈夫です」としか返してくれなくなった、なんてことが起きたりします。

こちらは必死に相手のためによかれと思うことを伝えたのに…。
なにか、相手の心にはうまく届かなかったようです。

そこで、相談に乗るときは、2つのスタンスを切り替えることを心がけてみてください。

1.最初は「保護者」のスタンスで

相談は、悩んだらすぐにしようとすることでしょうか。おそらく違うはずです。
自分の中でなんとか処理したかったけれど、残念ながらうまくいかなかった。
それでも「助けてほしい」とか「もうダメ」といったヘルプや本音を出すのは、かなりのためらいの末、ようやく勇気を出して行うことです。
ですので、まずはその気持ちを受け止めてあげましょう。

このステップがないままに、「で、君はどうしたいのよ」などと問題解決を急がれると、思い切って相談してきた人は、自分がみじめで、突き放されたように感じてしまいます。

「本当に大変だったね」
「そんな中よく頑張ってきたね」
「よく話してくれたね、ありがとう」

このように、いわば保護者のような気持ちで、相手のつらさに寄り添うような言葉を伝えると、相手は「ああよかった、わかってもらえた」と大変安心できます。
苦しいときに頼った人から、「つらいのは皆同じだよ」とか「そんなことぐらいで」と言われたりせず、理解してもらえたのです。これはうれしいものです。

こうして心細かった気持ちが満たされ、安心できると、相手は建設的に解決策を考える気持ちに移りやすくなります。

2.「大人同士」のスタンスへ

次は解決策を探っていく段階に移ります。

このとき気をつけたいのが、今度は自分がいつまでも保護者サイドにいて、相手をさながら「子どもポジション」に置いたままで、コミュニケーションを続けないということです。

相手が困っていると聞かされると、「何とかしてあげねば」と思い、矢継ぎ早に「こうしたらいい」とアドバイスをする人も多いでしょう。ところが、これではせっかくのアドバイスが届かないこともあるのです。

「まずは○○さんに相談してみたら?」と言うと、「ええ、でもそれはこういう理由で難しいんです」となり、「じゃあこうするのはどう?」と言うと、「前にそれはもう試したことがあるんですよ」など、何を言ってもはねつけられてしまい、最後は相談された側が無力感や怒りを味わう――こんなやりとりが時に生じます。

このように、しばしば相手も無意識にですが、「ほら、あなたにも私の問題を解決するのは無理でしょう」という結論を導こうとして、あなたのどんなアドバイスも結局受け入れない、というやりとりが生じます。(ちなみに、このような双方が後味の悪い気持ちになるやりとりを、交流分析で「ゲーム」といいます。)

そこで、第2段階では、相手を「大人」と見なし(当たり前ですが)、対等なスタンスで向かい合い、相手から解決策を引き出すようにしてみてください。

「あなたはこれまでどうしてきたのか」
「どんなことならやれそうなのか」
「どうなっていたらとりあえず前進なのか」

もちろん、その話し合いの中ではあなたからの提案も出していただいて構いません。
大事なのは、問題解決をする主体はその人自身であり、最終的にどうするかの決断も本人が行うのだ、という姿勢を明らかにすることです。

保護者のように相手を安心させる部分と、相手を能力のある人間だと認めて向き合うこと。
この2つのスタンスをうまく使い分けてみてくださいね!


さて、アサーションにおいては相手との間で「対等」に話し合うことを目指します。

しかし、「上司やお客様との間で対等に話すのは難しいじゃないか」という声がよく聞かれます。
そうですね、「相手は私より立場が強いから」という理由で、言うべきことが言えなくなっている事態に私たちはよく直面します。

  • 常駐先のお客様に、指示の出し方を変えてほしいけれど、言えない
  • 上司に、注意するときに怒鳴るのをやめてほしいけれど、言えない

などです。

しかし、「言えない」と思うのは、相手が「強い」からばかりではありません。
「相手は私より立場が弱いから」、言うべきことが言えなくなることもあるのです。

たとえば・・・

  • 相手は病気休職した人だから、難しい仕事にも挑戦してほしいけれど、言えない
  • 相手は育児/介護中だから、他の人の仕事も手伝ってほしいけれど、言えない
  • 相手は今どきの若い人だから、注意したいことがあるけれど、辞められそうで言えない

など、なんらかの「弱さ」をあなたが相手に見出したために、言うべきことが言えなくなり、話し合いさえ持たずにやり過ごそうとしてしまうということは、よくあります。

たとえば最近よく耳にするのが、「最近女性メンバーが入ってきたが、一度注意したら泣かれてしまった。それ以降、男性メンバーに指導するみたいに強く言えずに困っている」という男性マネジャーの悩みです。

もともと男性ばかりの職場に女性が少しずつ増えてきたような場合だと、この手のご相談をよく耳にします。

確かに、自分とは違う性別なので、どこまで平気なのかよくわからないし、泣かれてしまって驚いたという気持ちもよくわかります。

しかしだからといって、自動的に「話し合いさえ持たない」「口にすることさえタブー」という振る舞いになってしまっているとしたら、そこは考え直してみてほしいのです。

「女性だから指摘を受け入れられない」と見なされるのは、その女性メンバーにとっても大変不本意なことのはずです。(そして男性メンバーからも、「俺たちは男だからって何を言われても傷つかないわけじゃないよ!」という声も聞こえてきそうです。)

確かに言われたことにショックで泣いてしまうということはあるにせよ、そのことと、「指摘を受け入れられない」かどうかは別のことです。

その女性は「もう私に一言も指摘しないでください」と言ったのでしょうか?
あなたが(ある意味)勝手に、「もう指摘できない」と決めつけてしまったのではありませんか?

「この人は○○だから、無理だろう」と予断するのは、その人に対する値引き(ディスカウント)です。
話し合う前から、相手の意欲・能力を値引かないでほしいのです。

「この間は急に泣かれてしまって驚いたよ。私の言い方はきつかっただろうか?」と話し合ってみてほしいのです。
そうしたら、「いいえ、言われたことがショックだったので思わず泣いてしまいましたが、ご指摘自体はもっともだと思っています。これからも気づいたことがあればぜひ教えてください」という言葉が聞けるかもしれません。

人間関係は、見出そうとすればいくらでも「相手より強い」「相手より弱い」理由など見つけられてしまいます。
「相手が『強い』から言えない」「相手が『弱い』から言えない」となってしまうと、問題提起できる関係など、ほとんどなくなってしまいます。

今後は、ますます多様な事情や背景を持った人々が混ざり合って働くことになるでしょう。

それぞれの立場の違いは尊重し、思いやりを持ちつつも、問題があればきちんと話し合える風土にしていきたいですね!


さて、これまでたびたびアサーションについて触れてきましたが、このコミュニケーションについて、「いかに自分の考え方を相手に受け入れてもらうか」のテクニックだと思っている人が多いようです。

自分の主張をわかりやすく、しっかり伝えることで、相手に自分の考えを受け入れてもらうよう働きかける。確かにこの努力は大事です。

でも実際は「引き下がる」スキルでもあるんですよ。

だめだと思ったら、無理をせず引き下がる。
こじれたり、お互いにヒートアップしてきてしまったら、無理に「YES」を引きずりだそうとせず、「考えておいてください」と、話し合いの土俵からすっと降りるのです。
相手が不本意なまま同意を取り付けるより、また気持ちよく話し合いを続けられる関係を維持することにフォーカスを切り替えるわけです。

研修の参加者の方のロールプレイを見ていると、「〜してはいただけませんか?」など言葉自体は丁寧なのですが、「絶対受け入れて!」というオーラで相手を圧倒してしまっているやりとりを目にします。
振り返りの際に、相手の方から「とりあえず『わかりました』と言いましたけど、拒否できない感じがしたので…」という言葉でハッとされることも多いのです。

いくら言葉が丁寧でも、心の中で、相手が自分の言い分を「受け入れない」という事態を認めていないと、このような「アサーティブなふり」になってしまうのです。

私も講師としての最初の頃の失敗はこれでした。
「何としてもこの考え方の良さを受け入れてほしい」と思い、参加者の方が講座のメッセージに否定的なときに、何が何でも説得して受け入れさせようとしてしまったのです。

たくさん言葉を尽くしてわかってもらおうとすればするほど、浮かない顔になる参加者の方を見て、「これはよくないんだ」と気づきました。
以降は、「受け入れてもらえたらうれしい(でも受け入れてもらえないこともある)」という姿勢に切り替えたら、スーッと肩の力が抜けたのです。

皆さんも、「ここは譲れない!」「絶対こっちが正しい!」という話し合いであるほど、ついつい何が何でも自分の思い通りの結論を手にしようとして、頑張ってしまうことがあると思います。
しかしそのときはすでに、対等な話し合いを離れ、何らかのパワー(専門性、立場の強さ、正当性など)で相手をねじ伏せようとしていることに他なりません。

「相手には相手の考えがあり、自分の意見を受け入れないことがあるのだ」ということを認めると、押し問答をしなくて済むようになります。

はっきりと伝えるけれども、相手にそれを無理強いせず、引くこともできる。
そんな軽やかなコミュニケーションを目指していきたいですね!


職場で、周囲の人の行動で気になることがあったとき、皆さんはどうしますか?

たとえば…

  • デスクでスマホを(おそらく私用で)長々といじっている
  • メールの文章が(明らかにダメなわけではないが)強い表現である
  • 給湯室の周りが(たぶんその人が使ったことで)汚れている

こんなとき、「すぐに」その人と話し合おうとするでしょうか?

「たまたまかもしれないし…」
「私の勘違いかもしれないし…」
「私が気にしすぎなだけかもしれないし…」

意外とこんな思いが頭をもたげてきて、「あれっ?」と思ったとき、言うのをためらってしまうかもしれません。
「次また同じことが起きたら言おう」と、次のタイミングを待とうとするかもしれません。

しかし、こんなときは「すぐ」言うことをお勧めします。

一つに、「あとにすれば後にするほど言いにくくなる」からです。

「またあの人○○してる…。でも今まで何も言わなかったのに、急に言うのはおかしいかな…」と、これまでの対応とつじつまが合わなくなってしまうのです。

誰も何も言わなければ、その行動はどんどん繰り返され、その職場で許容されていることのようになっていきます。
するとますます言い出しにくくなり、結局毎回気になりながらも黙って見過ごすことになってしまいます。

もう一つに、その人との間で「まだ話していないこと」があるという、自分の中に緊張を抱えることになってしまうからです。
タイミングを図っていることで、どんどん不安や緊張のボルテージが上がっていってしまうのです。 結果、高い不安を抱えた状態でようやく切り出してみたときは、すっかりのぼせてしまっており、自分で何を言っているのかよくわからないような伝え方になってしまいます。

あるいは、他の話題についてもめたようなとき、「だいたいあなたは、給湯室の使い方だって…」などと不適切なタイミングでその話題が口をついて出てしまうことになります。

居場所を共にする人と、「問題と思う」ことを話すことに不安を感じるのは当然です。
できれば先送りしたい気持ちはよくわかります。

しかし、そうしている間に、より言いにくくなり、より事態はエスカレートしていきます。
伝えてさえいないのに、相手を「ダメな人」とレッテル貼りをしてしまうかもしれません。
それよりは、気づいたときに、勇気を出して、「すぐ」話し合ってみてほしいのです。

不確かなら不確かでかまいません。
「もしかしたら私の勘違いかもしれないけれど、気になったので話したいんだ」と言えばいいのですから。

一度伝えてみれば、そのほうがずっとずっと楽だったことに気づくはずです。

相手としこりのない、気持ちの良い関係を築いていくために、気になったら「すぐ」話し合うことを心掛けてみてくださいね!


さて、皆さんは普段「ごきげん」でいることを心掛けていますか?
私は最近意識して、「ごきげん」でいるように心掛けています。

なにせ仕事やプライベートでいろいろございますから(笑)、放っておくとうつうつとしたり、簡単にイライラしたりしてしまいます。

「ごきげん」、つまりポジティブな感情は、「幸せ」や「喜び」、「満足」、「興味」、「楽しみ」などが挙げられます。

これらの感情は、ネガティブな感情、すなわち「怒り」や「恐れ」、「不安」、「悲しみ」、「憂うつ」などと比べて、あまり心理学でも研究されてきませんでした。

ネガティブな感情が高じると、様々な形で社会生活が送りにくくなりますが、ポジティブな感情が高まらずとも、まあ問題なく過ごせますものね。

とくに日本では、スポーツでも仕事でも「苦しそう」な顔をしてやってこそ本物で、楽しそうな顔をしてやっていると「手を抜いている」などと思われがちなので、ポジティブな感情でいようとするよりも、ネガティブな感情をにじませがちかもしれません。

しかし、近年、ポジティブな感情の持つプラスの効果が注目されています。

たとえば、ポジティブな感情状態は、創造的な思考活動を促し、問題解決を助け、ポジティブな物事へのアクセスビリティを高めることがわかっています。

たとえば仕事で失敗してどんより沈んだ気分のときに、「これからこの会社で何がしたい?」と言われても、何も思いつかないでしょう。むしろ、浮かぶのは失敗してしまった仕事のことばかり、ぐるぐると同じところに思考は囚われがちです。

一方で仕事がうまくいって弾んでいる気持ちのときに「これからこの会社で何がしたい?」と言われたら「まずこれでしょ、それからこれでしょ、これもやってみたいな」と次々思い浮かんできますよね。

このようにポジティブな感情は、視野を広くし、柔軟に考えることを促します。

もともと怒りや恐怖などのネガティブな感情は、目の前に差し迫った危険を乗り切るために、注意を特定のところに集中させる働きを持っています。このような焦点を「狭める」働きに対して、ポジティブな感情は、逆に「広がり」を生むわけですね。

さらに、この思考や行動を「広げる」作用によって、身体的、知的、社会的な資源を「作り出す」ことにもつながります。

例えば、ポジティブな感情状態にあるほうが、課題の学習が速く、パフォーマンスが高いことが分かっています。
平たく言えば、わくわくしながら勉強やスポーツ、仕事をするほうが、すぐ覚えるし、すぐにうまくなるし、すぐできてしまうということです。
それは、個人にとってみれば「知識」や「スキル」といった資源を得ることにつながります。

そうして、ポジティブな気持ちで過ごしている人には、友達も同僚も寄ってくるので、人間関係も豊かになり、社会的な資源を得ることにもなります。

このように、ポジティブな感情を持つことは、アイデア創出や、パフォーマンスアップ、スキルや知識の獲得、人間関係の充実など、さまざまによい影響をもたらします。

そうすると、仕事で成功を収めたりと、実際に物事も運ぶようになるので、ますますポジティブな感情状態で過ごしやすくなるという、正のスパイラルが生じていきます。

いろいろある毎日ですから、うっかりするとネガティブな感情で1日を過ごしがちです。
ポジティブな感情で過ごすことの効果を意識して、まずは「ごきげん」な自分を維持するように心掛けてみませんか!


感情は私たちの心の状態を知るメーターです。
「楽しい、うれしい」などのポジティブな感情を感じることが多ければ、おおむねいい調子といえます。
「悲しみ、怒り、不安」などのネガティブな感情を感じることが多ければ、ちょっと低調気味といえるでしょう。

ただし、感情は一定ではなく、現実の世界に対応してころころと「動く」のが普通です。
ところが、私たちはビジネス場面では、自分の感情(メーター)が動くことを恐れる節があります。

  • どんな言葉を投げつけられても、何一つ傷つかず、平気で受け流せる
  • 尽力してきた案件が中止になっても、いちいちがっかりしない
  • ライバルに出世で先を行かれたときも、別に悔しがったりしない

など、どんな出来事に出くわしても「感情が動かない」こと、「動じない」ことが望ましいと考える方もいるかもしれません。

しかし、ネガティブな感情は私たちにとって、大事なことを教えてくれる「アラーム」でもあります。
ネガティブな感情は、現実の世界に何かしなくてはいけないようなことが起きていることを知らせてくれるものなのです。

昔の車には、一定速度を超えると「キンコンキンコン」とアラームが鳴る仕掛けがありましたよね。
あのせっかちでかん高い音は長く聴いていたい音ではなく、やむなく減速したのではないでしょうか。

怒りも不安もゆううつも、あまり長く味わいたい気持ちではありません。
だからこそ、「このままではいけない!」と行動を促す力があるのです。もし心地よい感情だったらそのままにしてしまうことでしょう。

ぶつけられた言葉に「痛み」を感じることで、その人と「話し合い」を持ったり、「思い切って距離を置く」という行動をとるわけです。
あるいはライバルに先を越されて「悔しさ」を感じることで、次は抜き返してやろうと努力するわけです。

「現実」に対応して「感情」が動いてくれるから、適切な行動につながるわけですね。
何が起きても「動じない」よりも、「動じてこそ」メーターとしては正しく機能しているわけです。

ところが、ストレスがかかっているときなど、メーターの「不具合」もときとして起こります。

  • いつもなら楽しい休日のはずなのに、ちっとも楽しくない
  • ほんのささいな不快な出来事に、爆発するような怒りを感じる
  • 実際はそこまで難しくない仕事なのに、不安でたまらなくなる
  • わけもなく悲しくなる

こんなふうに、「現実」と「こころ」の動きがミスマッチを起こしてしまうのです。
寝ても覚めても同じ感情を引きずっていたり、現実とは不釣り合いなレベルで感情が噴出してしまったり、理由もなく怒ったり悲しんだり・・・。
これでは、感情をメーターとして信頼して、適切な行動を起こすことにつながりません。

このようなときは心が少々疲れているときですから、メンテナンスが必要です。
少し休みを取ってみたり、あなたに元気をくれる人と話をしてみたり、自分に無茶な要求を出していないかなどを見直して、ご自身を労わってみてください。

感情をただ遠ざけようとせず、ぜひ自分の心の状態を知るメーターにしてみてくださいね!


先日、最近では数年に一度会うぐらいの親族一同で、温泉旅行に行ってきました。
小さな子どもからおばあちゃんまで、ワイワイガヤガヤ10名ほどの楽しい旅でした。

ところでこういう非日常のメンバーで過ごす状況は、小さな「どうしよう?」がたくさんあります。

  • 久しぶりにあった叔父さんに、近況の話題を振ってみるか?
  • 夜の宴会を切り上げるタイミングはいつなのか?
  • 寝るときに、うっすら明かりをつけておくのかどうなのか?

…などなど、「かならずこう」が決まっていない物事に出くわす場面のオンパレードです。

実はアサーティブネス(主張性)を磨くためには、こんな小さな場面で、少しずつ「イニシアチブ」を取ってみるのがおすすめです。

「そういえば叔父さん、最近〇〇はどうしているの?」
「ずいぶん遅くなったし、そろそろお開きにしますか」
「最初は電気つけておいて、あとで起きたら消しておくね」

…などなど、誰かが提案してくれるのを待たずに、自分から率先して提案してみるのです。

もちろん、イニシアチブをとるのはリスクが伴います。
「む、その話題は触れてほしくなかった…」とか、「え、もう少し話していたいのに〜」とか、誰かの気持ちに反している可能性もあります。

とはいえ、誰かがそう言ってくれるのをじっと待つだけではなく、「提案する人」になるのは、気持ちがいいものです。

実際、「近況の話題を振る」は私がやってみた小さなイニシアチブで、叔父さんは「まいったな〜、その話、振るの?」と言いつつ、待ってましたとばかりに楽しそうに話し出してくれました。そしてその日一番の盛り上がった話題となったのです(笑)

「誰かが言い出すのを待つ」だけだったら、もしかするとこの叔父さんの話はお披露目されることのないまま過ぎていたかもしれません。

実は「アサーティブに話し合う」行為は、「問題に率先して主体的に関わる」姿勢の表れでもあります。
「誰かがいつか言うだろう」や、「私があえて言う必要もないか」という姿勢では、いつまで経っても問題解決は進みません。

「他の人はともかく、私が気になるから言おう」とか、「これを言うのは嫌な役割だし、私が言わなくてもいいかもしれないが、でもこのままにはしたくないから言おう」と、リスクを取りながら自発的に行動することがアサーティブであるといえます。

そんな姿勢を身に着ける第一歩として、日常の小さな場面で「人任せ」にせず、少しずつ「イニシアチブ」を取ってみることを心がけてみませんか。

  • 相手からの電話を待つのではなく、自分からかけてみる
  • パーティなどで初対面の人に、自分から話しかけてみる
  • みんなでメニューを見ているときに「これにしない?」と言ってみる
  • 駅でまごついている人に、「どうしましたか」と声をかけてみる

こんな小さな「イニシアチブを取ってみる」習慣が、大事な話題でのあなたのアサーティブを応援してくれるはずですよ!


ところで私が「すごいなぁ」と思うのは、日常のちょっとした隙間で「サッと一言」が伝えられる人だったりします。

  • 同僚と朝の挨拶をしたときに、「今日の服すてきだね」と伝えられる人。
  • 久しぶりの会合が始まる前に、「先日もお会いしましたね」と伝えられる人。
  • 廊下を通りすがり、背中を向けて作業中の清掃の人に「おはようございます」と声をかけられる人。

仕事のことや目の前のタスクに頭がいっぱいになっていると、なかなかこうした一言が出てきませんよね。

「特に言わなくたって問題がないから、言わずに済ませてしまっている」という面もあるでしょう。

実はアサーションには、課題解決(タスク)のためのアサーションと、人間関係の維持(メンテナンス)のためのアサーションがあります。

これまでこのコラムで扱うときは、タスクのアサーション、つまり課題解決のための話し合いを扱うことのほうが多かったのですが、人間関係を作り、維持するためのアサーションも同様に重要です。

何か結論を出したり、解決したりする必要はないけれど、人間関係の潤滑油として心を通わせる会話をするのがメンテナンスのアサーションです。

日常の「挨拶」や、ちょっとした「感謝」や「ほめ言葉」、お疲れの様子のときの「慰め」や「労わり」などがその代表的な言葉かけになるでしょう。

「私のこと見ていてくれたんだなぁ」とか、「気にかけてもらっているんだなぁ」という気持ちが伝わり、フッとストレスが抜けていくようなそんな一言です。

そしてこれらは、タスクのためのアサーションの土台にもなるものです。

両者の間の問題を、ごまかさず、攻撃的にならず、きちんと話し合うことは重要です。
またそれが難しいので、スキルとして取り上げられ、トレーニングして磨くわけです。

しかし、それを日頃からメンテナンスが行き届いている関係で行うのか、あるいはほとんどメンテナンスしていない関係(よく知らないとか、ぎすぎすしている関係)で行うのかでは、大きな違いです。

日頃の人間関係がうまくいっている職場や人間関係では、アサーティブに問題を話しやすいのです。

話し合わなければならない問題を抱えている方も、まずはその相手に、日常で「サッと一言」のプレゼントをしてみませんか。
そうしたら、少し問題も軽くなるかもしれませんよ!


さて今年もあとわずかですね。 私は本当に、驚くほど、1年があっという間に過ぎてしまいました。

ところで昨日、私は年賀状を書いていました。
自宅にプリンタ―がないために、いまだに手書きなのですが…

実は、表面の宛名を書いているときに、ちょっとした感動があったのです。

最近字を書くことが少なくなったせいでしょうか。
自分の手が、すいすいと動いて字を書いていく感触が、楽しくて仕方がなかったのです。
何も考えず「ただ集中して字を書く」という行為に、久しぶりの充実感を覚えたのでした。

一方で、裏面のメッセージを書くときは、なかなかに心は乱れます。
「しまった、また会わないままに1年が過ぎてしまった…」とか、
「去年とまったく同じ抱負を書いていたらどうしよう…」とか、
「う〜ん、来年こそはパッとした1年にしないと…」とか 笑

あれこれやろうと思いつつできなかった自分や、思い通りに進んでいない現状に苛立ちを覚えたり、「来年こそはあれもこれもやらなきゃ…」と焦りを感じてみたり。
過去や未来を考え出すと、心は千々に乱れます。

実はこの「表面」と「裏面」の書くときの心境の違いは、いま心理業界で注目が高まっている「マインドフルネス」という心のあり方からも説明できます。

「表面」を書いているときの心境は、「マインドフル=here and now」な心のあり方です。
瞬間瞬間に注意を向け、ただ受け入れている心のありようです。

一方、裏面を書いているときの心境は、「マインドレス=心ここにあらず」な心のあり方です。
「どうしてこんなふうにしか過ごせなかったんだろう」と過去を悔やんだり、「こうしなきゃマズイ」と未来を案じるなど、目の前のことからは隔たった抽象的な事項に占められている心のありようです。

私たちは良く生きたいがために、「解決すべき問題」に注意の焦点を合わせがちです。
理想と現実のギャップに目を留め、決して満足せずに、やるべきことを次々と見つけ出してきます。

いつも別のどこかに到達することで頭がいっぱいで、「これ(卒業、就職、仕事、ローン返済、結婚、育児 etc.)を終えたら初めて安らげる」と考えていますが、常に「これ」は新しいものにとって代わられます。

そうすると、目の前で展開されている瞬間瞬間を取りこぼしてしまい、充実や満足を感じることなく、人生は滑るように過ぎていってしまいます。(だから1年もあっという間に過ぎてしまうんですよね…)。

この年末年始は、1年を振り返り、1年の計を立てることも大事ですが、ぜひスピードダウンして、「今」の瞬間も大事に味わってみてください。

ご飯を食べる瞬間を大事にすることが、おすすめの方法です。
「考え事をしていて、気づいたら食べ終わっていた」というマインドレスな食べ方から、一口一口に注意を向けるマインドフルな食べ方に少しだけトライしてみてください。

きっと普段は取りこぼしていた、満足感や安らぎを味わえることと思いますよ!

(第24回:「『余計なことを考えない』スキル」もご参考に!)


会議室を出てきた同僚が、足音荒く席に戻り、机をバンと閉め、キーボードを激しく打ち出しました。
すごくイライラしているみたい。

あなたは心の中でこんなふうに思うかもしれません。
「も〜、なんだよ、そんなにガチャガチャキーボード打たれたらうるさいじゃないか」

・・・あらっ?
あなたもすでに「イライラ」していますね?

あるいは、同僚が新しい仕事になかなかなれず、不安そうな面持ちでパソコンに向かっています。
「う〜ん、大丈夫かなぁ。あんなに抱え込んじゃって、パンクしないといいけど…」

・・・あらっ?
あなたもすでに「不安」になっていますね?

ついさっきまでは「イライラ」や「不安」ではなかったのに…

このように、身近にいる他者の感情を感じ取って、自分自身も同じ感情状態になることを「感情伝染(emotional contagion)」といいます。

この現象は「共感」の原初的な形態で、「思いやり」のような高次な共感につながっていくと考えられています。

この現象の特徴は「瞬時に、無自覚に、どこでも」起きてしまうというところです。

気づかぬうちに、すでに近くの人に影響された感情状態になってしまっているわけです。

これは自分としては、感情の持ちようについて戒めなければならないところです。
「私がイライラしようが勝手でしょ!」とは言えません。
職場全体のムードに(当たり前といえば当たり前ですが)強く影響を与えてしまうわけです。

もちろんこれは、ポジティブ感情についても同じ現象が起こります。
「喜び」や「ワクワク」など、ハッピーな感情の人の近くにいれば、周りの人もその感情を共有できるわけです。

楽しそうにしている人の近くにいると、こちらもなんだか楽しくなってきますものね。

感情状態は職場の生産性に大きく影響を与えます。
膨れ上がったネガティブな感情は、目の前のことに対する集中力や判断能力を奪います。
一方でポジティブな感情は、創造性や物事へのアクセシビリティを高めてくれます。

とくにマネジャーの方は、まず自分が「ポジティブな感情」でいられるように、心がけてみてください。
立場が上の方の感情状態は、上から下に水が流れるように、簡単に職場に広がっていきます。
あなたが「ごきげん」を意識するだけで、メンバーがイキイキし始めるはずですよ!


さてアサーションは、他者と話し合うという「行動」を起こすことです。
しかし、その外界へのアクションは、自分の「内側」で生じていることがアサーティブでないと、始まりません。

私たちが何かを問題と感じ、そのことについて話し合おうとしたとき、ブレーキをかけるのはまず自分自身の声です。

  1. 「あの人にはどうせ言っても聞く耳を持ちやしない」
  2. 「前も言って変わらなかった、どうせ今回もそうだろう」
  3. 「これぐらいは世間じゃ当然で、いちいち凹んでいる私がおかしいのかも」
  4. 「そもそも私がもっと効率よくこなせればいい話だし…」

どうでしょうか、皆さんもなじみある「声」ばかりではありませんか?

アサーションは、自分も相手も尊重するコミュニケーションです。
その意味は、相手や自分の能力や、感じていること考えていることに敬意を払う、という意味でもあります。

1や2は、相手の「受け止める度量」や、「変化の可能性」を見くびっているとは言えませんか?
3や4は、自分の「感じていること」や、「自分なりの努力」を軽んじているとは言えませんか?

上記の声を、アサーティブな声に修正したらこんな感じかもしれません。

  1. 「確かにあの人に耳を傾けてもらうのは簡単ではない。だからといって、この問題に話し合う価値がなくなったわけではない。それに、あの人もいつでもシャットアウトなわけではない。次は相手の落ち着いているタイミングを見つけて話し合ってみよう」
  2. 「確かに一度では変わらなかった。しかし、一度ですべてわかってもらおうとは虫が良すぎたかもしれない。二度でも三度でも話し合いを持つことが、私の本気を伝えることにもなるはずだ」
  3. 「確かに世間ではこれぐらい当然かもしれない。でも私は、いやなんだ」
  4. 「確かに私自身の改善点もある。だけど、私は私なりに努力をしているし、私はスーパーマンではない。この状況にも変えるべき点はある」

ね、どうでしょう。少し勇気が湧いてきませか。

私たちの「行動」は、私たちの「思考」に支えられています。
アサーティブな行動は、そもそもアサーティブな思考がないと始まらないわけですね。

何か話し合うべき問題を感じて、それにブレーキをかける自分の声に気付いたなら、ぜひ上記の例で示したような、思考の修正にチャレンジしてみてください。

まず自分自身とアサーティブに対話することができれば、きっと相手ともアサーティブに話し合えるはずですよ!


さて、2016年度ももう終わりとなりますね。
昨年4月に新しく迎えたメンバーとも、もう1年を一緒に過ごしたことになります。

ところで、最初の頃はアンテナをしっかり立ててその人を理解しようとしていたのに、だんだんアンテナの精度を落としてしまっていませんか?

時間が経った関係になると「ハイハイ、いつものくだりね」とか、「この人は大体こういうときこんなふうなことを言う人よね」と予断をもって話を聴きがちになります。

もちろん、これまでの情報はその人を理解する上での助けにはなってくれますが、逆にそれにとらわれると、「変化」を見落としてしまうことにもつながりかねません。

ある人のエッセイで、以下のニュアンスのことが書いてあり、「なるほど!」と思った覚えがあります。

「あなたのことがもっと知りたい」というのは、関係の始まりを示す言葉である。
「あなたのことがよくわかった」というときは、関係の終わりを告げる言葉である。

う〜ん確かに、「あなたはこういう人間ね」と心の中で断罪するのは、そういうタイミングですよね…笑

そしてそんな「見切り」をつけてしまうと、その筋書きに当てはまらない出来事や振る舞いは都合よく無視されてしまいます。

例えばマネジャーとして部下を育成する立場にある人が、「この部下は受け身な人間だ」と、相手に対する理解を完結させてしまっていたら、たとえその人が積極性を発揮している場面があっても、全く目に入らないでしょう。

ナラティブ・セラピーという心理療法に、「無知の姿勢」という言葉があります。
セラピストは相手に対して、「知らないという姿勢をキープせよ」ということです。
相手のポジティブな変化を見出し増幅するためには、「この人はこうだ」と決めつけず、「理解の途上にとどまりつづける」ことが大事なんだ、と言っているんですね。

メンバーの成長を望むマネジャーの方にも、この姿勢は大事ではないでしょうか。
「成長してほしい」といいつつ、「この人はこうだ」という目線でしか見なければ、小さな変化は見過ごされて立ち枯れてしまいます。

相手に対する理解を「さしあたり」のものとして、常にキャッチの構えを持っておく。
それが関わる相手のポジティブな変化を見出し、相手の変化を促すことにつながります。

いつも新鮮な気持ちをもって、目の前の人と向かい合っていきたいですね!


最近見つけた言葉で、いい言葉があったのでご紹介します。
それは「2チャレンジルール」というもの。

これは、「一度言って無視されてしまったとしても、もう一度伝える努力をしようよ」という行動指針です。

でどころは「teamSTEPPS」という、医療現場のチームパフォーマンスを向上させるためのノウハウに含まれる言葉です。

たとえば看護師や研修医が、患者の容体を医師に伝えたとしても気に留めてもらえないことがあります。
でも、そこで「一度言ったからあとは知らない」ではなく、「もう1回は伝えようよ」というルールを共有しておくことで、そこで諦めずに伝えやすくなるわけですね。

これってとても重要なメッセージだと思うんです。

何か職場の中で問題があって、それを勇気を絞って伝えたとしても、相手の人がそれをまともに受け止めてくれなかったとき、つい私たちは「一回言った」ということを自分に対する免責の理由にしてしまいがちです。

「私はちゃんと言った。それを受け止めなかったのは相手なんだから、私にはもう関係ない」というふうに考えてしまいたくなります。

でも本当は、予想される結果をどうしても避けたいとか、これじゃまずい、というような強い思いがあるならば、「1回言った」だけで諦めるのは早いとは思いませんか?

相手にも都合があります。忙しいときや受け止める余裕のないときに言われたとしたら、「ええい、面倒!」という気持ちから、軽く流してしまったのかもしれません。

相手自身に関わることで、本人もうすうすまずいなと感じていたとしても、「言われてしまった!」というショックが先に立ち、思わず拒否してしまうこともあるかもしれません。

あるいは「対処しなきゃな〜」と心の隅に引っかかってはいたとしても、「でもあれきり言ってこないし、まぁいいのかな」と、こちらの出方の弱さが問題意識を薄れさせているのかもしれません。

もちろん、「2回言えば相手が必ず応えてくれる」というわけではありませんが、「2回言う」ということからは、あなたの覚悟と真摯さが伝わるはずです。

それでもダメだったときは、別の人を通じて言ってもらうとか、また別の何らかの手立てを考えていくことになるでしょう。
要はその問題について自分が重要であると信じる限り、取るべき手は取り続けよう、ということになるわけです。

どこまでやるかは別として、「2チャレンジルール」の存在は、「一度言ったのにまた言うなんて、うるさがられるかも…」と迷うあなたの背中を押してくれます。

皆さんも「2チャレンジルール」を自分のルールにしてみませんか?


さてさて、毎日忙しくて、うまくいかないことも多いと、ちょっと心がしおれてくることがあります。

「頑張ってるのにちっとも認めてもらえないなぁ」
「自分のやり方が悪いんだろうか」
「なんだかこのままこの場所でがんばるのがイヤになってきたなぁ」

…なんて暗い言葉が心の中で頻繁にグルグルしだしたら!

それは「ストローク」が足りていないのです。
あなたの「心の栄養源」が不足しているに違いありません。

ストロークとは、「その人の存在や価値を認めるあらゆる働きかけ」のことを指します。
人と人との間で交換されもしますし、自分で自分に与えることもできます。

例えば「朝、あいさつを交わすこと」も、声をかけあうことでお互いの存在を認めているわけですから、これもストロークの交換という意味合いを持っています。

その中でも強力なストロークといえば「ほめ言葉」です。
「〇〇さんは、いつも明るくていいね」とか、「仕事が丁寧だね」とか、「センスがあるね」とか、「気が利くね」などなど。

こんなふうに言ってもらえると、私たちの心は一気に晴れ渡り、存在をグッと肯定された気持ちになって、「またがんばっちゃおうかな〜」とごきげんで働きたくなるわけです。

そんなストロークが職場で、家庭で、いつも十分に交換しあうことができれば、私たちの毎日はもっとハッピーになるわけですが…。
残念ながら、私たちは節約家なので、ストロークの交換を惜しみがちになります。

「1回言ったからいいじゃん」とか、「何度も言うとありがたみが薄れる」など、要は「なるべく少ないストロークで長いことやりくりしてね」という節約志向で、他者に臨みがちになります。

また同時に自分に対しても、「もっと褒められたいなんて、贅沢を言ってはいけないんだ」と、カツカツで過ごすことを強いてしまいがちです。

他人にも渋る、自分にも渋る…。これではストロークが欠乏してしまうのは当然です。
私たちはもっと、心豊かに過ごしていいはずです。

ただ、そうはいえども、なかなか他人は自分の欲しいタイミングでほめてくれるとは限りません。

そこで、人からかけてもらった言葉で、「すごく嬉しかったなぁ〜」という言葉があったら、ぜひそれは再利用してください!

「一度だけ…」なんてもったいないことを言わず、二度でも三度でも、何度でも心の中から引っ張り出して、味わってください。

ほめ言葉は「リユース」可能です。古びることはありません。
「あのとき、××さんに、こんなふうに言ってもらったんだよなぁ〜」と思い出して、何度でも自分の心に、貯金し直してください。

そうやって自分にほめ言葉を惜しみなく与えていくと、周りの人にも、ほめ言葉がかけやすくなっていきますよ!


例えば、あなたが多忙な中で、それでもなんとか引き受けた案件について報告したところ、上司から「なんか進め方が雑だなぁ。これぐらいもっとちゃんとやれないの?」と言われたとき。

例えば、クタクタになって帰宅したあと、パートナーと小さなことから口論になり、「あ〜あ。だからあなたは〇〇なのよ」と言われたとき。(○○には、あなたの地雷を入れてみてください)

あなたの心臓はドキドキと脈打ち、息が荒くなり、握り締めたこぶしがブルブル震え出すかもしれません。
周りの人があなたを見たら、目がランランと光っていることでしょう。
そして沸き上がる感情に身を任せて、後先のことなど考えず、相手を全力で叩きのめすべく、思いつく限りの罵倒を始めるかもしれません。

こんなふうに、痛烈な侮蔑を込めたメッセージを投げつけられたときなど、私たちは強い感情にハイジャックされた状態になります。
情動が氾濫を起こしてしまい、理性が感情に乗っ取られてしまっているわけです。

平常では理性が勝っていても、いざというときは感情は強いものです。
なぜこんなにも感情は強いのでしょうか。

それは生き物としてのサバイバルには、感情の指令に従うことが不可欠だったからです。

例えば天敵が現れたときに、「恐怖」に駆られることで「すぐ逃げる」ことを、ライバルが現れたときに、「怒り」に駆られることで「全力で闘う」ことを、身体に促したわけです。

心拍数や呼吸数をあげて全身にすばやく酸素を巡らせ、瞳孔を開かせて多くの情報を取り込み、闘ったり逃げたりがうまくいくように、体を「闘争/逃走モード」に切り替えたのですね。

こんなふうに、かつては私たちが生き延びる上では非常に効果的だった仕組みも、現代人の私たちにとっては、人間関係や居場所を破壊するような、厄介な結末を引き起こしかねません。

感情にハイジャックされたときはどうしたらいいのでしょう。

一つは、このような「ハイジャック現象」が起こる、ということを知っておくことです。
とくに、上司や配偶者など、自分にとって無視できない人物から攻撃されたときは「ハイジャック」が起こりやすいですから、それを知っておくといいでしょう。

もう一つは、「時間を置く」ことです。
強い感情が沸き上がったとき、間髪をおかずに反応すると、いい結果にはなりません。

怒りの衝動は6秒でピークを過ぎると言われています。
心の中で6秒数える、その場を離れるなどして、理性の復活を待ってみましょう。
あなたの理性は必死で、衝動にストップをかけ、より効果的な対応を模索してくれるはずです。

そうして、理性と感情が手を結べると、より建設的な対応に繋がっていくはずです。
サバイバルの時にはありがたく、そうでないときには少し場所を譲ってもらえるように、感情とうまく付き合っていけるといいですね!


さて皆さんは、職場では部下や同僚、上司に対して、家庭ではパートナーや子どもに対して、「ほめる、励ます、感謝する」といったポジティブな発言と、「否定する、批判する、皮肉を言う」といったネガティブな発言をどのくらいの比率で口にしているでしょうか。

「そんな調子のいいことばかり言えないよ」とか、「自分、不器用で…」ということで、周囲の人にポジティブな言葉かけをすることを苦手としている人も多いでしょう。

しかし、ぜひ、これからは「3:1」を目指してください!

面白い研究があります。
ある研究チームが会社に出向き、ビジネスミーティングで発言される言葉の一つ一つを記録し、ポジティブかネガティブかでコード化してその比率を割り出し、業績との関連を調べたのです。

ポジティブな発言とは、支持や励まし、感謝の言葉です。
ネガティブな発言とは、不承認や皮肉、冷笑を示す言葉です。

60社を対象に分析をしたところ、はっきりとした境界線がありました。

ポジティブな発言:ネガティブな発言の比率が「2.9:1」を上回る会社は経営状態が良好で、その比率を下回る会社では悪化していたのです。

この比率は、この事実を発見したマルシャル・ロサダ氏の名前を取って「ロサダ比」と呼ばれています。

「ロサダ比」は家庭でも同様です。
ジョン・ゴットマンという研究者が、週末の間のカップルの会話を分析し、カップルの関係が維持されるかどうかを予測する研究を行いました。
するとここでも、同じ統計値が算出されていたのです。

ポジティブ:ネガティブが「2.9:1」では、破局に至る結果となり、逆に、きずなが強く、愛情にあふれた結婚を予測するには「5:1」の比率が必要でした。
つまり、良好な関係を維持していくためには、1回パートナーを非難したのなら、5回はポジティブな発言が必要なのです。

日ごろのパートナーとのやり取りを思い出して、「大変だ・・・!」と思った方も多いかもしれませんね。(なにせ近しい関係ほど、遠慮がないことが多いですから…)

職場でも、忙しかったり、状況に余裕がないと、ついつい荒い言葉や批判・非難の言葉が増えてしまいがちです。
でもそんな中でこそ、「よく気づいたね!」「それいいんじゃない?」「助かるよ!」など、周りの人とポジティブな言葉をかけ合うことができたら、チームへの気持ちがグッと高まりそうです。

いい関係を作るのは言葉からです。
職場でもご家庭でも、ぜひポジティブな発言を増やしてみてくださいね!


前回は、ポジティブな言葉かけと、ネガティブな言葉かけの「比率」についてお話ししました。
今回は、ポジティブな言葉かけと、ネガティブな言葉かけの「順番」についてお話ししたいと思います。

たとえば皆さんが自分のメンバーに、新しい仕事を任せて、あなたはそれを見守る役回りだとします。
お客様先へ訪問した際の営業トークとか、提案書作成とか、何でも構いません。
その訪問後の振り返りや、提案書のレビューの際、あなたは「良かった点」と「改善点」、どちらを先に伝えるでしょうか?

この「順番」はものすごく大事です。
これからは、必ず、必ず、「良かった点」から伝えるようにしてください!

この点は私自身が、研修中に一番気を付けているところです。

たとえば研修でコーチングのロールプレイをしてもらうと、ティーチング的なやりとりに終始してしまう人がけっこういます。

コーチ役をやると、悩みを相談してきた相手役の人に、「こうしたらどう?」「これやってみたら?」というふうに、自分の経験値から、その人にあれこれ答えを与えたくなってしまうんですね。

そのようなやりとりを、オブザーバーとしてはたで見ているともうダメです。
「ああ、相手役の人、顔つきが渋くなってきたよ…」「さっきからずっと、コーチ役の人がしゃべりまくってる…」
見ているこちらは、フラストレーションが溜まって仕方がありません。

こんなロールプレイを見終えたあとの「振り返り」となると、それはもう、ダメ出ししたいところが山のようにあるわけです。

待ってましたとばかりに、「ちょっとしゃべりすぎてましたね〜」とか、「あれだとほとんどティーチングかな〜」とダメ出しをしたくなります。

しかし! ここが一番センシティブなところなのです。
ここでのフィードバックの仕方が、今後受講生がコーチングをやる気になるかどうかの分かれ目といってもいいかもしれません。

コーチ役に挑戦した人は、なんていっても「頑張った」のです。
普段やっていないことを一生懸命意識しながら、なんとかやり終えたところなのです。
人の目がある中で、緊張しながらやって、どう見られたんだろう…と不安でいっぱいなのです。

いろいろ言いたいことはありますが、そこはグッとこらえて、まずは「表情が豊かだった」「あの言い回しがナイスだった」と、良い点を先に伝えるのです。

「あれがダメだった」「これがイマイチ」と、マイナス点を先に聞かされると、「あんなに頑張ったのに自分は全然ダメか…」と自信を丸ごと失いかねません。

人は基本的に、自分自身を有能だと思っていたい存在です。
だからこそ、「あなたはダメ」という批判のメッセージはなかなか受けつけにくいのです。

見ている側は「ああ、もっとこうするといいのに!」と思って、よくなってほしい一心で、改善点をたくさん先に伝えてしまいがちですが、受け取ってもらえなければ元も子もありません。

まずは十分「良かったところ」を伝えて、本人に安心してもらった上で、「こうするとさらにいいよ」というメッセージは出すべきです。

また、そうやって「改善点を伝えたいなら、先に良い点を伝えなくてはいけない」とルール化しておくと、「悪い点」ばかりに目が向いていた自分に気づき、「良い点」を見出す能力が自分にも備わってくるのです。

ついつい先に「改善点」を伝えがちだな〜と思った方。
ぜひこれからは、必ず先に「良かった点」を伝えるように心がけてくださいね!


私は趣味で競技ダンスをしているのですが、練習場でときどき「やめてくれ〜」と思う状況にでくわします。

それは何かというと、パートナー同士の言い争い。
それも、建設的なケンカというよりは、一方的な非難や罵倒を繰り返しているような姿です。

先日も「なんでそこでそうやって動くの!!」とか、「もう、どうしてこうしないのよ!!」というようなキンキン声を聞かされて、ほとほとうんざりしてしまいました。

もちろん、「もっとうまくなりたい」「競技会で勝ちたい」という上昇志向や目的意識があるゆえのことだとはわかります。
自分にも身に覚えはありますし、その思いはある意味とても「正しい」ので、一見文句のつけようはありません。

だけどその思いから生じる言動をぶつけられるパートナーの相手はたまったものではないでしょう。
部外者の私でさえも、余波で十分ダメージを食らうのですから。
それに本人も、あまり楽しくないように思うのです。
楽しいはずの趣味の時間を、不満ではちきれそうになって過ごすのですから。

こんなふうな、一見正しそうな、でも自分や周囲を苦しめるものはどこからきているのでしょう。

これは私たちが持つ、心の中の「信念」が関わっています。

しかもそれが、「非合理な信念(イラショナル・ビリーフ:irrational belief)」になっている場合でしょう。
イラショナル・ビリーフとは、「ねばならない」「べきである」というmust、shouldに代表される要求や命令、絶対的な考え方のことをさします。

以下はイラショナル・ビリーフの例です。
あなたはどのビリーフが当てはまっていますか?

  1. 私は完全でなければならない。間違いをしてはいけない。
  2. 私は人より優れていなければならない。勝たなければならない。
  3. 私は成功しなければならない。優れた成果を収めなければならない。
  4. 私はすべての人に好かれなければならない。
  5. 私はいつも人を喜ばせなければならない。
  6. 人生は公平でなければならない。
  7. 人は私の思い通りにやらせてくれるべきである。
  8. 人は私を正しく評価するべきである。
  9. 私が人のためにする行為を、彼らは感謝するべきだ。
  10. 人生は楽しむべきものでなければならない。

これらは、私たちが、自分自身や他人、人生そのものに対して当然のように求める要求ともいえます。
しかしこれらが常に叶えられるはずはなく、無茶な要求であることはすぐにわかります。

度が過ぎた要求は「がまんできない」状態や不平不満、非難につながり、強い不快感に至ることになります。

「ねばならない」と、「こうありたい(あってほしい)」は違います。
自分や他人に「ねばならない」と要求を突きつけていることに気づいたら、「望ましいこと」に変えてみてください。

「勝たねばならない」ではなく、「勝ちたい。(けれど、同じくみんなも努力している。そう簡単には勝てなくても、気長に練習していこう)」。
「私は常に優れた成果を挙げなければならない」ではなく、「優れた成果を挙げたい。(ただしいつでもフルパワーで走り続けられるわけではない。
ときには休んでもよいし、たとえうまくいかなくても後々の糧になるはずだ)」といった具合です。

不快に感じたときに、自分にどんな要求(ねばならない)を突きつけているのかを自問してみてください。
そして、それを柔らかに変える言葉を探してみてくださいね。


さて、研修の冒頭は、受講生も緊張しています。
何が始まるのかわからない。周りにいる人がどんな人かもわからない。これは緊張します。
そこで、初対面の人たちとでも、うちとけムードをつくる秘訣をひとつ!

当然、まずは「自己紹介」をお願いするわけですが、その中身はこの4つです。

  1. お名前
  2. お仕事
  3. 今日学んでみたいこと
  4. 今の気分(ドキドキ/不安/ワクワクなど)

この4つのうち、うちとけムードを作る上で、どれが一番効果を発揮すると思いますか?

それは断然、「4.今の気分」です。

「人と話すのは苦手なほうなので緊張しています」とか、
「皆さん頭よさそうで、自分がここに来ちゃってよかったのか不安です」とか、
「昨日飲みすぎて、まだボーッとしています」など。
ちょっとネガティブなぐらいが一番笑いがおきます。

こんなふうに今の気分を打ち明け、他の参加者に受け止めてもらえると、私たちは「こんな感じでいてもいいんだ」と安心できます。
「もっときちんとしていなきゃだめかな」と緊張していた状態から、ほっと一息つけるんですね。

このようにありのままの自分を伝えることを「自己開示(self‐disclosure)」と言いますが、自己開示には緊張をほぐすだけでなく、人と仲良くなるパワーがあります。

なぜなら、自己開示は相手に対する「信頼の証」だからです。

とくに相手の率直な気持ちを聞かせてもらうと、私たちは「この人は私を信頼してるから、本音も教えてくれるんだな」と感じますね。
そうすると信頼を寄せてくれた気持ちに応えたくなり、「じゃ、こちらも…」と自分の率直な気持ちを話したくなります。

「自己開示」は相手を信頼しているからこそ渡せるプレゼントで、もらうとお返しもしたくなるのです。
これを「自己開示の返報性」といいます。

マネジャーが自己開示をすることは、メンバーの自己開示を促すことになります。
「いや〜困ったな〜」でも、「わあ、嬉しい!」でも、気持ちの言葉を増やしてみてください。
そうすると、実はメンバーも「困った」「助けて」が言いやすくなります。

さらに、毎朝のミーティングなどで、「今の気持ち」を一言ずつ、メンバーに言ってもらうコーナーを設けてみてください。

「今朝は子どもがぐずってバタバタで、すでにぐったりです」とか、
「今日の提出物、間に合うかな〜とソワソワしています」など、
こんな言葉をきいたら、仲間として、思わず手を差し伸べたくなりませんか?

小さな「自己開示」の機会を増やして、チームビルディングを図ってみてくださいね!

(以下、連載中)


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