その日は、プロジェクトでトラブルが発生して、朝からその対応に追われていましたが、やっと一段落して、ほっと一息ついたところで上司から電話があり、午後一番でオフィスに来るように指示されました。このトラブルの件でまた何か言われるのかと危惧しましたが、上司の席に行くと、上司はおもむろにこう切り出しました。
「君を今度のAプロジェクトのプロジェクト・マネジャーとすることに決まった。良きリーダーとして頑張ってくれ」とプロジェクト・マネジャー任命の辞令をもらいました。
長年の夢であったプロジェクト・マネジャー(プロマネ)ではありましたが、これまでメンバーとして仕事をしてきたので、今後どのように行動すればよいのか期待と不安が交錯した気持ちでした。
今回は、この変身の術(メンバーからプロマネへの変身)について話を進めていきます。メンバーからリーダーに変身するには「コペルニクス的な変身」が必要です。
■変身術1:メンバーは正解を求めるが、リーダーは現実解を求める
メンバーは成果物作成において、技術者魂が強いため完璧さを追求する傾向があり、そのために時間とコストが消費され、その結果、進捗遅れやコスト超過が発生する。
例えば、スコープ検討で、メンバーはより正解を求めようとする(もともとスコープに正解はないが)。お客様要求を聞いて、それをすべて成果物に反映しようとするのはメンバー的アプローチである。
マネジメント的には、ある程度仕様が固まった段階で、スコープベースラインを設定して合意し、その後の変更はスコープ変更管理でマネジメントするという視点が必要である。できるだけ、迅速に行動して、意思決定を速めることがマネジメントの役割である。
物事を先送りしないで、先手で管理して問題を複雑にしないことがマネジメントアプローチである。
■変身術2:仕事に対する世界観を変えよう
よく言われることだが、優秀なメンバーが優れたリーダーになるとは限らない。野球でいえば、プレーヤーとしては優秀な成績を収めたが、監督としては才能を発揮できなかった例はよくある話である。
これは何故なのか?本質的には、仕事に対する世界観の問題である。
こういう事例がある。Aさんは日頃の仕事ぶりが認められて、長年の夢であったプロマネに昇進したが、仕事のやり方がメンバーのときと変わらなかった。Aさんはメンバーより開発技術スキルが高いため、自分でアプリ設計作業やDB設計をメンバーのときと同様に実施した。なぜなら、自分よりスキルのないメンバーに任せて、計画通り成果物が完成しない場合、その責任が自分に降りかかってくるのを危惧したためである。その結果、本来マネジメントとして行うべきステークホルダー(お客様、上司、メンバー等)とのコミュニケーションの時間がとれなくなり、お客様からプロマネとして失格だとクレームが上がり、最終的にはプロマネ交代になった。
組織が、本来プロマネに求めているのは、作業ではなく、チームを率いてプロジェクトを成功に導くためのマネジメントアクションである。確かに、スキル不足のメンバーに仕事を任せるのはリスクであるが、メンバーの成長のために、仕事を任せて、最後の責任を自分がとるという度量が必要である。優秀なメンバーがプロマネに昇進して失敗するのは、プロマネになってもメンバーの世界観で仕事をしようとすることにある。
まさに、「コペルニクス的な変身」が組織から求められているのである。
■変身術3:コミュニケーション・スコープが変化・拡大する
筆者がメンバーからプロマネになったときの一番の変化は、コミュニケーション・スコープの拡大である。メンバーのときのコミュニケーションといえば、同僚やお客様担当者くらいであったが、プロマネになると、社内の上位マネジメント層や、他部門のマネジメント、お客様のプロマネや役員、外部ベンダー、メンバー等とのコミュニケーションが必要となり、コミュニケーション・スコープが大きく拡大したことである。結果として、コミュニケーションに費やす時間が、メンバーのときは20%くらいであったが、プロマネになると80%くらいをコミュニケーションに時間をかけることが必要になった。
そのためにも、成果物作成の仕事は基本的には、メンバーに権限委譲しないと、ステークホルダーとのコミュニケーションに時間を割けなくなる。
コミュニケーションには「公式なコミュニケーション」と「非公式なコミュニケーション」がある。
「公式なコミュニケーション」とは、公式な手順でステークホルダーとプロジェクト情報をやり取りすることである。それに対して「非公式なコミュニケーション」は、メンバーをモチベートする積極的な働きかけである。例えば「声掛け」や「悩み相談」などを非公式な場で行うことにより、メンバーの抱えている問題やストレスを把握して、適切な対応をとることを目的としている。
プロマネは、非公式なコミュニケーションを積極的に働きかけて、メンバーのモチベーション向上を図り、個人、及びチームのパフォーマンスを高める行動が求められる。
■変身術4:責任が変化する
メンバーのプロジェクトにおける責任は、指示された成果物を予定通り作成することだが、プロマネはプロジェク全体の成功責任である。例えば、納期厳守のプロジェクトで、お客様からスコープ内と判断される仕様追加の要求が発生したとする。現行の要員で対応すれば、納期遅延のリスクが高くなる場合、速やかにスポンサーや役員にエスカレーションして組織の支援を要請するのは、プロマネの責任である。
また、プロマネには、説明責任(Accountability)が要求される。
例えば、成果物に品質不良が発生した場合、お客様に説明責任を果たすのは、成果物を作成したメンバーではなく、お客様に対して最終責任を負っているプロマネである。
★Tip of the day
・「出来るメンバー」が「出来るプロマネ」になれるとは限らない
・プロマネはメンバーの延長ではない。コペルニクス的転回が必要である
・メンバーからプロマネになったら、仕事に対する世界観を変えよう